鍋サバト〜魔獣を添えて〜

緋那真意

「一緒に鍋を食べてくれない?」

 凍りつくような空気が満ちる冬の夜にみんなで鍋料理を食べたいと思うのは、日本人なら一度は頭に浮かぶ考えだろう。そして出来るならば家族や気のおけない友人あたりと一緒はどうか、等とも思うかもしれない。

 北保翠ほくぼみどりもそんな日本人のひとりであった。


「というわけであなたを呼び出しました」

「いやいやいやいや、ちょっと待てってお前! 考えが飛躍しすぎだろ」


 青白いカバのような姿をした魔獣ベヘモスの端末は呆れたような声で抗議した。端末なのは本体が来ると大きすぎるのでコタツを囲めないという理由であるが、もっと他に気を遣うべきところがあるだろうと言いたくなる。


「たかだかひと飯食うための連れに俺様を選ぶんじゃねえよ」

「暴飲暴食はお手のものじゃないんですか?」

「人間のひと飯くらい食ったうちに入らねえから!」


 魔獣はそう言うと閉じかけていた魔界へのあなを強引に広げて帰ろうとするも、それより先に翠が事前に仕込んでおいた封鎖魔方陣ふうさまほうじんに捕まって身動きを封じられてしまった。


「おい、放せよお前! ……っていうかどこの魔術師にこんなこと教わったんだ?」

「お母さん。魔女だったし」

「あん? ろくな親じゃねえな!」

「それはそうかも」

「簡単に受け入れてんじゃねえよ」


 付き合いきれなくなった魔獣は仕方なく半獣半人の姿をとり座り込む。この調子では次に何をされるか知れたものではない。力尽くで帰ることも不可能ではないが、こんなくだらない話で力を振るうのも馬鹿げていた。


「……んで、鍋とやらの材料はなにを用意してるんだ?」

「えーっと、特級マンドラゴラの刻みにアルラウネの葉、それからノヅチの肉とナンディの乳豆腐」

「お前本当に人間か……? 普通の食い物はないのかよ」

「シメの雑炊に使うお米だけはネットスーパーで買った奴だけど」


 相手がようやくその気になったのを感じた翠は手際よく材料を食べやすい大きさに切り鍋に入れて出汁の素らしき粉をいれると、米を研いで炊飯器にセットし早炊きを開始する。


「ガチで鍋食うだけかよ」

「何かしら話でもしたいの?」

「……いや、いい。さっさと食って帰らせてもらうぞ」


 暴食の魔獣は追及を避けた。ひたすらに怪しげな相手の事情を詮索したところで良いことなどない。

 カセットコンロの火にかけられている鍋からは薬っぽい香りが漂いはじめている。


「ゲテモノばかりな割に匂いは控えめだな」

「ノヅチの肉は本来もっと臭いんだけど、血抜きして一晩聖水の『水割り』に浸していたから獣臭さは感じないはずかしらね」

「聖水に浸した肉を俺に食わせる気かよ!」

「純粋な聖水じゃないから平気でしょ?」


 顔をしかめるベヒモスに翠はさしたる問題ではないとばかりに日本酒を開けて二人分用意されたますに注ぎ豪快に飲み干した。


「酒には強いほうか、お前」

「先天的に酔えない性質でね。だからワインでも良かったんだけど、まあ雰囲気の問題よ」

「葡萄酒なんぞ御免被る! 神の子のマネなんぞ面白くもない」


 彼も枡酒を一口で飲み干すとおかわりを求める。かなり強い酒で少し舌がしびれたが、不味いとは思わない。


「悪くない味だ。最近は新鮮な生き血を飲む機会もないしな」

「本格的なサバトやら何やらはコスパ悪いし、鍋なら一人でも準備できるから楽なものよ」

「俺の本体が聞いたら泣くぞ」

「とっとと世界を滅ぼさないからこうなるわけよ」


 いよいよ人間とは思えないようなことを平然と口にし始めた翠は鍋の中身を見てお椀に肉やら野菜(?)やらを取り分けて寄越した。食べてみると鳥だしのような味がする。ただし、これもやはり人間が食べるようなシロモノではない。


「コカトリスの乾燥出汁とか……これお前食えるのかよ?」

「お気に召さない? 大金はたいて揃えたのに」

「食べ飽きた味だからな」


 実際、彼にとっては食べ慣れた食材ばかりで不味い味ではないが癖になる味でもなかった。翠の方も一切気にせず口に放り込んでいる。


「よく食うな。飯のあとはお前を喰らうのも良さそうだ」

「私でよければどうぞ」

「本気にするぞ?」


 一応脅してはみたものの、構わず呑気に椀にポン酢を足して味変している女を見るにつけ、今度は何とも言えない好奇心がベヒモスを支配し始めた。


「お前さぁ、どうやって生活してんだ? ろくに知り合いもいないようだけどよ」

「この近くで稲作してる。野菜も少々」

「マンドラゴラとかアルラウネはそこで育ててるのか……稲作してる割に米を他人から買うのはどうしてだよ?」


 当然の疑問であったが彼女は「お米は一日一回食べるだけだし」と素っ気ない。ケチケチせずに売り払ってから別なお米を買うほうが毎回違うものを味わえる上に気楽だという。


「ノヅチの肉は……お前さんなら狩れるか」

「ナンディの乳豆腐は流石に珍品過ぎて、インドから直輸入してもらったけど」

「んなもんこの国で買えたらG.R.B(ゴッド・リージョン・ブロック)違反だっての!」

「日本は平和で良いわよね」


 何ともすっとぼけた言葉が返ってきてしまった。中々に危ない話をさらりと言う辺りは向こう見ずな人間らしいと言えるだろうか。コタツにあたりつつ、なんだかんだと思考を巡らせながらも魔獣は箸を止めない。


「こうやって世界中の珍味を揃えられる場所なんてそうはないと思う」

「魔獣の俺からみてもお前のほうが俺よりよっぽど危ないわ」

「いやぁ、それほどでも……」

「褒めてない褒めてない……やっぱりここで始末したほうが世の中のためかも知れん」


 真顔で話す魔獣だったがこれも「今さら世のため人のためとか言われてもね」と笑って受け流された。これほどのクソ度胸を備えた人間など、この3000年ほど記憶にない。まともな人生を歩んできたとは到底考えられないが、これほど危ない性格の魔女が放置され続けているというのも妙な話である。


「良く捕まらないな。魔女のくせに」

「これでも二十歳になるまではちゃんと社会で暮らしていたわよ。中々に刺激的な生活だったけど」

「お前が刺激的、っていうのは確実に一般人の価値観からの話じゃねえな」


 ひと通り中身を食べ尽くした二人は淡々とシメの雑炊を食べながら談議を続けた。


「で、食い終わったら帰っていいのかよ?」

「好きにしていいわよ。なんなら私を本体のお土産にでもすればいいじゃない」

「……お断りしておく。お前など餌にしたら食あたりしそうだ」


 ベヒモスの端末は肩をすくめる。ここまでの流れは当然本体にも伝わっており「こんなやつを連れてくるんならお前を消す」とまで考えているのも致し方ないところであった。


「まあ、なんだ? 飯を食わされてばかりでろくな要求をしない人間を食うのも気乗りはしない」

「みんな意外に真面目なのよね。去年呼び出した悪魔なんて名乗りもしないで逃げちゃったし」

「お前自身に大問題があることに気づけよ」


 いい加減このやり取りにも飽きてきたベヒモスは半獣半人から元の姿に戻って封鎖を解くように要求すると、翠も今度は素直に従って術を解き帰り道を開く。


「言っておくが次はねえからな」

「はいはい、寿命で死んで地獄に落ちたらその時はよろしくね」

「帰ったらお前が地獄に落ちないように全力で神と交渉するわ、ボケが!」


 無駄と知りつつも釘を差して魔獣の端末が帰るのを見届けた翠は「やー、今日はよく食べたわ」と片付けに入った。


「やっぱり人間より魔物相手のほうが楽ねぇ。来年は誰を呼ぼうかな?」


 そろそろ魔王でも呼び出そうかしらね、とこともなげに話す。彼女が「ひとり鍋サバト」を始めてから十年余り、様々な悪魔を呼び出してはゲテモノ鍋を食わせている彼女は自身が魔界で記録されている「要注意魔術師リスト」の最上段に挙げられているのを知る由もない。実のところ、ベヒモス本体もそれを知ってはいたのだが「所詮は人間のやること」とたかをくくっていたところ「やっぱり危険だった」となり、後々まで忘れないようにしようと固く決意していた。



 真に恐ろしいのは純真無垢な善意にしか見えない悪意である、と。



 現代のマスターテリオンの挑戦いたずらは続いていく。

 

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