推参!おっさん仮面

年無し

最終回 その名は!おっさん仮面!!

 ここは東京都新宿区、世界でも有数の都市にそびえ立つ新旧入り混じるビル群は、その国の反映と衰退を象徴している様に見える。


 お昼どきなのだろう、企業戦士としての制服であるスーツを身に着けたサラリーマンたちが街中に点在するごはん屋さんへと向かう姿が見て取れる。


 その中の一人、木下は同僚と一緒に界隈で有名なラーメン店の行列に並んでいた。


「佐々木のやつ、今日も部長に怒られていたよな。あいつ、今度は何やらかしたの?」


 小さいゴシップは毎日が淡々と溶けていくサラリーマンにとって、数少ない楽しみの一つだ。ましてや誰かの失敗話ともなれば、なんとなく自分より下がいる感じがして安心できるし、何より面白い。


「俺も詳しくは知らないんだけどさ、佐々木が設定したクライアントとの会議時間に部長が伺ったら誰もいなかったんだって。どうやら佐々木が間違えた日付を伝えちゃったみたいなんだよなぁ。」


 そう伝える同僚の顔はやや強張っていた。気持ちはわかる。面白いは通り越して軽く引く内容ということもあるが、何より忙殺と不注意が掛け合わされば自分いつかやってしまいそうなミスだからだ。少し背筋が寒くなる。


 木下が遠い目をしながら空を見上げると同僚が「あっ」と声を上げた。


 同僚を見ると俺の後方、つまりラーメン屋の列で言う前の方を指さしている。俺が振り返るとそこには怪人がいた。そう、子供向けテレビ番組に敵役で出て来るあの怪人だ。


 その怪人がラーメン屋の行列に並んでいる。それも俺たちの前で。

 おかしい、さっきまでこの列には人間しか並んでいなかったはずだ。


 俺は空腹で動きたがらない脳を無理やり稼働させた。同時にあらゆる情報が浮かびあがり整理されていく。口コミサイト3.6の人気ラーメン店、店外に漂う焦がし醤油の香り、さっきまでいなかった怪人、驚きの同僚が指さす先にいる怪人・・・。


 -----割り込み。


 聞いたことがある。世の中には秩序を嫌い、待つのを嫌い、行列に並びながらあれやこれやを思案する楽しみを放棄する人、そう、怪人がいるということを。


 怪人。


 俺が生まれ育った日本という国は、様々な秩序によって平和が保たれていた。近年、その秩序を脅かす怪人が各地に現れており社会問題となっている。テレビなどの報道によると、怪人は一癖も二癖もあり、常人が下手に触れると火傷するとのことだ。


 俺の目の前に並んでいる怪人は全身ミドリ色で体から変なトゲが沢山でている。確かに声は掛けづらいし、下手に触れたくない。


 順番が一つ下がるくらいで済むのなら割り込みくらい目を瞑ろう。少しの悔しさとモヤモヤを感じながら、諦めようとしたその時、


 「おい、割り込みすんなよ!」


 同僚が勇ましく声を張り上げた。・・・俺の背中に隠れて。


 急な展開に俺が反応できないでいると、怪人がゆーっくりとこちらを振り返った。

 その顔はまさしく怪人だった。昔テレビでよく見ていた、仮面を付けてる感が強い顔をした怪人だ。


 「ほぅ・・・今、オレ様に何か言ったか?」


 俺が否定をする前に怪人は早口で続けた。


 「オレ様は怪人ワリコミダー!駅のホームや人気アトラクション、かたや有名ラーメン店まですべての行列で割り込みをし、この国の秩序を乱す者だ!!オレ様に割り込まれたら注意をしてもしなくてもモヤモヤが残り、そのあとのラーメンやアトラクションの楽しみを半減させるのがオレ様の生き甲斐なのだ!!」


 そのまま、怪人は俺に指をさしてしゃべり続ける。


 「オレ様の割り込みに気づけなかった時点で貴様がモヤモヤする運命は決定付けられたのだ!!恨むんなら己の間抜けさを恨むんだな!このモヤモヤを抱えたまま、この有名ラーメン店の味をイマイチの思い出にするといい!!」


 そういうと怪人は高らかに笑い出した。どんな些細なことであろうと自分の行動で他人に影響を与えることが出来たのだ、怪人としてはさぞ愉快だろう。


 くそっ、確かにこの怪人ワリコミダーの言う通り、俺は割り込まれたからすごくモヤモヤするし、今日のラーメンを心の底から楽しめない気もする。(同僚が)注意したのに列からどいてくれないし・・・どうすればいいんだ!


 その時、怪人ワリコミダーの高笑いをかき消すように、更なる高笑いが聞こえてきた。


『わっはっはっはっは!わーっはっはっは!!!』


「なにやつ?!」

折角の高笑いを邪魔されたからだろう、怪人ワリコミダーは怒った声で発生源に振り返る。慌てて俺も同じところを見る。


 声がするところ、ラーメン屋から道路を挟んだ向こう側に彼はいた。



『時代によって正義は変われど、変えてはいけない秩序がある。


 上司に誘われ断れぬ飲み会、部下を誘って断られる飲み会、


 今日もお腹はメタボ気味。昨日の疲れを身体に秘めて、おっさん仮面!!推参!』



 そう、ちょっとくたびれた雰囲気のコスプレおじさんがそこにいた。


『とぅ!』勢いよく叫ぶとコスプレおじさんは左右を確認して足早に道路を渡る。

迎え撃つように怪人ワリコミダーは列から離れ、コスプレおじさんと対峙した。あ、列が空いた。


 「貴様がおっさん仮面か!各地で怪人を倒して回っているという噂だが、オレ様、怪人ワリコミダーはそうはいかないぜ!」

 そう叫ぶと怪人ワリコミダーは殴り掛かった。まさかの素手である。ラーメン店の行列はその間にも進んでいく。あと少しで入店できそうだ。


 ひらり、コスプレおじさんは軽やかなステップを踏むと怪人の攻撃を避けることは叶わず顔面にもろに喰らった。おじさんとしては軽やかでも、結局はおじさんなので避けるのは叶わなかったようだ。


 顔を覆うおじさん、手の甲を痛がる怪人、ついにお店に入ることが出来た俺と同僚。


 『よくもやったな!お返しだ!おっさんんんん・・・ミラァァァ!!』


---説明しよう、おっさんミラーとは、会社からの帰宅途中、電車内の窓ガラスに反射する自分の姿に「なんか老けたなぁ。ちょっと疲れてるなぁ。」とアンニュイな気持ちになってしょんぼりとする気持ちを、鏡を使って相手を移すことによって同様の気持ちを味合わせる技である!!---


 店の外からナレーション風のおっさんの声が聞こえる。あ、僕焦がし醤油ラーメンでお願いします。


「やめろ!オレ様はそんなしょぼくれていない!やめろ!オレ様は秩序を破壊する大悪党だ!そんな小物の見た目はしていない!!やめろぉぉぉぉぉ!!!」


 店外の騒ぎも気になるが、目の前のラーメンも気になる。やや濃ゆい色のスープ、丁寧に添えられているメンマ、大きく広がるチャーシュー、何よりも自家製麺が「早く僕を食べて」と俺を促す。まぁ待て慌てるな、まずはスープから・・・。


 スープを口にしたとたん、店外から愉快なおじさんの声が聞こえる。


『どうだ、理想の自分とのギャップは!』


 続いて麺はどうだろうか。ストレートの細麺はスープを多分に絡ませる故に、美味しさも感じやすいが味の濃さも気になりがちだ。ここの麺は果たして・・・。


『あ、違うんです。怪しいものじゃなくてですね。いえ、ショーではないので特に許可は・・・。はい・・・はい・・・・。いえ、ですから・・・』


 どうやら誰か通報したらしい。店外から入る声が少し小さくなっている。俺はメンマを口に含みながらお冷が届いていないことに気が付く。あ、ここはセルフサービスか。


「オレ様は怪人ワリコミダー!警察などには屈し・・・いや、だからオレ様は怪人・・・、いえ、怪人・・・。あの、テレビで報道されてるの見てませんか?はい・・・あー、、それはお疲れ様です。でもこれも私の仕事でし・・・はい・・・はい・・・身分証ですか?えーっと、ちょっと待ってください・・・。」


 そろそろ味変でニンニクを入れてもいいかもしれない。ここで加減を間違えるとニンニク味に変貌してしまうため気を付けなければ。


『はーっはっはっは!!悪は必ず滅びる!この私、おっさん仮面がいる限りな!』


 あ、お会計お願いします。


 ラーメン店を出ると、怪人もコスプレおじさんの姿も消えていた。恐らくコスプレおじさんが怪人を倒してくれたのかもしれないし、あのまま警察が連行していってくれたのかもしれない。


 どちらにせよコスプレおじさんが登場してくれたおかげで、怪人ワリコミダーから受けたモヤモヤは晴れたから、あの人はそういった意味ではヒーローなのだろう。


 肝心のラーメンの味だけど、コスプレおじさんと怪人のやり取りが気になってよくわからなかった。美味しかった気がするが、思い出そうとするとコスプレおじさんの顔が脳裏によぎる。同僚も一緒だったようで、ラーメンの感想を求めたが早々にコスプレおじさんの話に切り替わってしまった。


 ちょっとしたゴシップは好物だが、少し大きめの非日常はいらないなと思った。よし、ちょっとしたゴシップで口直ししよう。そのためには佐々木に今朝の怒られた話をしてもらおう。


 こうして俺は佐々木から話を引き出すための口実用に缶コーヒーを買って会社に戻った。

 さぁー!午後もがんばりますか!!



---全国各地に怪人が出没しているが、案ずることはない!!なぜならこの日本にはおっさん仮面がいるからだ!がんばれ!おっさん仮面!社会保険料に負けるな!おっさん仮面!



おしまい

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