冷たい部屋

遠藤みりん

第1話 冷たい部屋

 彼女が部屋から出てこない。


 いつからだろう?もう1週間は閉じこもっている。


 その部屋はとても狭く、人がひとり入るのがやっとだ。

 何もそんな窮屈な所に入らなくてもいいのに。

 

 その部屋はとても寒い。今の季節は真夏、今年の夏はとても暑く、災害級の暑さとも言われている。

 外はもちろん部屋の中も冷房を入れてないと、熱中症になってしまう程の暑さだ。

 しかしその部屋はとても涼しい。いや、涼しいどころか凍えるほどに寒い部屋なのだ。

 彼女は凍えていないだろうか?


 部屋に閉じこもるきっかけは些細な事だった。


「もう、別れたい」


 ある日、彼女はこんな事を僕に言ってきた。

 その言葉に激昂し僕は思わず、彼女に手を上げてしまった。

 確かに暴力を振るったのは悪かった。大切な君を傷つけてしまった。しかし、それ程までに君を愛していた証拠ではないか。どうして君はわかってくれない。


 僕らが別れる理由なんてどこにも無いんだ。


 殴った衝撃で彼女は床に倒れ込んでしまった。

 それ以来、彼女は口をきいてくれなくなった。それどころか目も合わせてくれない。


 そして部屋に閉じこもってしまった。


 僕は一般的な会社員だ。彼女の事が気になりつつも仕事へ行かなくてはいけない。

 通勤の電車の中でも彼女の事が頭から離れない。

 とても狭い部屋だ、不便はしていないだろうか?

 さらにとても寒い部屋だ、凍えてはいないだろうか?

 あぁ、仕事なんか行かずに扉の前で彼女が出てくるのを待っていたい。

 

 万が一、僕の家に誰かが入ってきて、彼女を連れて行ってしまうのではないか?そんな妄想じみた事も考えてしまう。僕たち2人を離そうとする奴は許さない。


 気になる……気になる……気になる。


 定時を迎え、仕事から解放された僕は真っ先に家に帰った。

 玄関を開けた瞬間にひどい異臭が鼻をつく。掃除をしていないのが原因だろうか?掃除は彼女の役割だ。

 僕は悪臭の原因を探した。悪臭は彼女が閉じこもっている部屋からだ。僕は扉の前で彼女に声をかけてみる。


「おい、いい加減開けてくれよ。いつまで閉じこもっているんだ?」


 扉を激しくノックしてみたが、彼女からの返事はない。それどころか彼女の気配すら感じない。異様な程に静かだ。


 扉の前には野菜や果物、調味料や冷凍食品が床に散らかっている。きっと僕が仕事中にたべていたのだろう。

 僕への当てつけに散らかしたな違いない。


「おい、こんなに散らかして。いい加減開けてくれないか?」


 返事はない。いくら温厚な僕でも次第に苛立ち始めた。


「手を上げたのは謝る。だから部屋から出てきてくれないか?」


 それでも決して彼女からの返事は無かった。僕は痺れを切らし扉を開けてみた。


 扉を開けた瞬間、ライトが部屋中を照らす。狭い部屋はしっかりと明るくなる。

 久しぶりに開ける部屋、ひどい悪臭が鼻をつく。彼女はこんな臭いによく耐えられたと思う。

 扉の隙間からは真っ白な冷気が溢れてくる。これほど寒い部屋によく居られたものだ。

 飲みかけのペットボトル、賞味期限の切れた調味料、腐ってしまい変色した果物や野菜。とても人が生活できる部屋ではない。


 久しぶりに対面する彼女。僕は感動のあまり、彼女の手を握った。寒い部屋に居た為、すっかり手は冷たく凍えてしまい、かつての柔らかい彼女の手とは思えない程に固くなってしまっていた。


 すっかり紫に変色してしまった唇にくちづけをする。凍えてしまっているのだろう信じられない程に固い唇は氷のようだ。


 彼女と目が合った。瞬きもせずに僕を見てくれている。

 まだ怒っているのだろうか?表情を一切変えずにこっちを見ている。

 僕たちはいつまでも無言で見つめ合った。


 どれくらい見つめあったのだろうか?狭い部屋のライトが僕らを照らしている。冷たい部屋から冷気が漏れる。彼女は微動だにせず僕を見つめている。


 無機質な警告音だけが部屋へ鳴り響く。

 




 


 


 

 


 


 


 

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冷たい部屋 遠藤みりん @endomirin

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