そのアッツ島に、オレはやって来た。正確に言えば、オレたち北海派遣支援隊は船に詰め込まれ、見知らぬ土地に運ばれた。陸軍はアッツ島を占領し、一年弱、この島に住んだのだ。手作りの丈夫な日記帳を数冊持っていたが、二冊記録し、後は紛失した。その日記や筆はどこにやったのかわからない。


 太平洋戦争といえば、『俘虜記』『レイテ戦記』でフィリピンのジャングルのなかをサバイバルし、『野火』では、飢えた日本軍兵士が死んだ仲間の兵士の肉を貪る描写が有名で、読者の好奇心を刺激した。熱い太陽で皮膚が焦げるような火傷になり、空腹と渇きに苦しむ兵士たちを覚えている。映画『硫黄島からの手紙』では、特攻隊による真珠湾攻撃のイメージだろう。『きけ、わだつみのこえ』も、エリートばかりが遺した観念的な日記である。ヒロシマ・ナガサキの被爆の詳細な描写も世界的に有名だ。『ひめゆりの塔』に代表する沖縄戦には涙をそそる。だが、最初の「玉砕」はアッツ島だった。誰も知らないと思うが。


 以降、戦死が戦意の高揚に利用された。オレたちの死はまんまと利用されたのだ。当時、アッツ島の集団自決事件は北海道新聞のみに報じられたので、全国民に知られることもなかった。もうすぐ敗戦百年にもなるのに、いまだに知られていない。だから何度も何度も報せるのだ、オレたちの死を。狂ったように絶叫して何度も報せるのだ、オレたちがかろうじてここに生きていて、他にしようがなくここで自爆したという記憶の残響を。オレたちの死は反復される。オレたちが営為と呼ぶものと無為と呼ぶものとのあいだを、つねに脅かされ期待されている新たな関係についての責任を、オレたちに担わせるものである。戦後、アッツ島は気軽に渡航できなくなった。でも、奇妙な気候と異常事態とを、是が非でも詳らかに綴っておきたいのだ。


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惑星アツタ コンタ @Quonta

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