惑星アツタ
コンタ
Ⅰ
――真夏にも雪解け切らぬ寒島をアッツ熱田と誰が名づけむ
オレの名前は今多栄一。今多家の長男。女満別出身の二三歳で、富山あたりから「おれらも一発当てたい」と一足遅れて北海道開拓団に参加した父母は、開拓地でも相変わらず貧農だ。誰も手をつけていない土地は丘や坂になっている残り物が多く、肥料を撒いても雨で全部流されるから毎年不作である。オレは高校には行かず、毎日田畑で汗を流した。オレがアッツ島に行く前のことだ。
オレにはすでに妻がいた。妻の名前は今多ハヤ。戦時中だってことはわかっている。物資がだんだん足りなくなってきたが、オレたちはいつも貧乏なのでさほど変わらなかった。一九四一年、ハヤのお腹がだんだん大きくなってきたころ、オレんちに赤紙が届いて招集された。オレはどこに遠征されるか、日本はこの戦争で勝つか負けるか、まったくわからなかった。この村には徴兵を恐れて山んなか逃げた若者らもいたそうだ。それでもオレは、徴兵されるのは抵抗がなかった。戦争に行くことは死にに行くこととおんなじだ。オレは死にたかったんだろうか。戦地に行って最後まで生き延びたかったんだろうか。
時代はさかのぼって一八七二年、帝政ロシアはアラスカと合わせてアリューシャン列島を七二〇万ドルでアメリカに売却した。列島の数は一五〇余島あり、島興の巾は全長二〇〇〇キロにもおよぶ。
キスカ島は列島の西部、北緯五二度にあり、島は羽根を広げた蝶のような形をしている。大きさは、東西八キロ南北四〇キロ周囲八〇キロで、日本軍占領後『鳴神島(なるかみじま)』と名づけられた。
アッツ島は列島の西端にあり、北千島の幌筵島(はらむしるとう)から約一三〇〇キロの地点。東西五六キロ南北三二キロ、キスカ島の二倍半の大きさで、占領時に『熱田島(あつたとう)』と命名された。
気温は海洋性、冬は北海道の三月くらいの寒さであり、最低気温はマイナス一五度、夏の最高気温はプラス一五度くらい。しかし夏といえるのは七、八月だけで、あとは北海道の四月末の気候である。
雪は九月から降りだし、一一月に入ると本格的な吹雪になるが、積雪量は少なく谷間にたまるだけだ。平地の積雪平均はキスカで六〇センチ、アッツでは一・五メートルぐらい。
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