二浪人生恋物語

移季 流実

第1話 絶望の記憶

 私、ヤマシタ ヤナは二浪生だ。


 ある国立大学の工学部に行きたくて二年間も浪人してきた。


 しかし、そんな生活も終わりを迎えようとしている。


 今日3月10日は前期試験の合格発表だ。浪人生活を終えるか、それとも三浪生になってしまうかの命運を分ける大事な日だ。


 心が落ち着かない。

 不安なのか楽しみなのかよく分からない、ふわふわした気持ちだ。

 後期試験の対策をする気になんてとてもなれない。


 ……私の長かった大学受験が、ついに明日で終わってしまうかもしれないんだ。



 自室の壁に二年前に貼った「第一志望絶対合格」の文字。すでに景色の一部になり果てていたその文字に励まされることなど最近では滅多になかったのだが、今はなぜか目頭が熱くなる。


 合格、か。今年合格したら、合格体験記を書くことになるよね……。


 もし不合格になったら……両親は三浪目は予備校代を出してくれないらしいから、アルバイトを始めなくてはならない。……いやだなあ。

 

 ……色んな考えが湧き出て勉強する気になれない。

 気分転換に合格体験記の内容でも考えていようかな……。


 頭の中にそんなぼんやりとした考えが浮かんでくる。



 ……合格体験記の構想を兼ねて受験生活を振り返ってみようかな。

 

 

  **



 今でこそ二浪生である私だが、もちろん二年前までは女子高生をしていた。真面目だけが取り柄の女子高生だった。  


 最初に少しだけ、高校時代と、ついでに中学時代を振り返ってみようと思う。



  **

 


 私は勉強だけを頑張っていた。青春は捨てていた。


 だが、私が中学生のときのように学年一位を取ることは、三年間、ついに一度も無かった。


 良くて三十番。悪くて八十番。ひと学年三百人ほどいる学区トップの高校でだ。そう考えるとこの順位は悪くないようにも思える。

 しかし、私は部活も青春も捨てて勉強してきたにも関わらずこの結果だったのだ。 


 当時の私にとっては、報われない結果だった。


 でも、完全に諦めてはいなかった。

 受験本番まで時間があったからだ。私は努力は実を結ぶと信じていた。

 最後には合格すると信じていた。

 


 ……あの日までは。


 

  **

 

 高校3年生の、3月10日。


 人生で、二番目に辛かった日。


 私は第一志望校から――『不合格』を突きつけられた。


 何度スクロールしても、私の番号はパソコン画面上には現れなかった。


 突きつけられた、の不合格。

 信じていたものが崩れさった。


 小中学校は地元の公立だった。高校は第一志望の地元のトップ校に入学した。

 私が受験で不合格になったのは、大学受験が初めての経験だった。


 ――でも、そのとき感じた、身の程を嫌というほど思い知るような絶望感と羞恥は、初めての感覚ではなかった。


 私はそれを知っていた。


 辛くてたまらなかったのだが、私にはそれよりも酷く、絶望感と羞恥に打ちのめされた記憶がある。



 人生で一番辛かったあの日は、中学三年生の春だった。


 ……私の幼馴染で、中学生まではライバル関係でもあった――モリノ イオリとの記憶だ。


 

  **


 イオリは、中学までは私と同じ学校だった。


 私とイオリは遠方の幼稚園に通っていたため、小学校に上がるとき、私たちはお互いしか友達がいなかった。


『ヤナ、小学校でもよろしくね!』


 イオリは満面の笑みで私にそう言ってくれた。


 私とイオリと友人関係をずるずると続いていた。


 中学生になると、私とイオリは勉強が良くできたので、テストで順位を争うようになった。


『ヤナ、今回は負けたけど次は俺が勝つから』


 一学年百人ほどの中学校だった。私たちは二人で、一位争いを三年間続けた。


 田舎の公立中学の定期考査では私たちはどちらも満点に近い点を取り続けた。



 だから、私はイオリと私の学力は同等だと思っていた。


 

 それが勘違いだと自覚したのは、中学三年生の春。

 初めて外部模試を受けに行ったときだった。


『……なに、これ。……全然解けない』


 テスト間の休憩時間。愕然としていた。

 呼吸が苦しくて動悸が止まらなかった。


『イオリくんさっすがー! 今回も完答したのー!?』


 そんなとき、聞こえてきた歓声。

 イオリを褒め称える声だった。


『……え?』


 当時の私は身の程というものを思い知った。イオリとはライバルのような関係だと思っていたが、それがどれだけ浅ましい考えだったかを痛感した。


 生徒に囲まれているイオリを呆然と眺めていた。


『あ、ヤナ……。ヤナは、初めてなんだからできなくても仕方ないよ』


 しばらくしてイオリと目が合って、言われた。


 その言葉は私にとって人生で一番辛い言葉だった。何もかも知っているつもりだった幼馴染が……イオリが知らない人みたいに見えた。

 

(イオリに情けをかけられた。私……イオリとライバルだなんて、思い上がってた……恥ずかしくてたまらない)


 イオリは、将来の夢のために、塾で有名な私立中学の入試対策をしながら片手間で定期テストに挑み、定期テストにすべてを賭けていた私を、幾度も打ち負かしたんだ。


 イオリはその私立の男子校に、うちの中学からは唯一合格した。


 二月になったばかりのころだった。合格を早々に決めたイオリは、学校に来なくなった。


 私は、イオリと一気に疎遠になった。



 三月。

 私は学区では一番であるものの県内では五番目に位置する公立高校に辛うじて入学した。

 


 イオリとは高校生のときは一度も連絡を取っていない。


 私は、もうイオリとは会うことはないと思っていた。

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2024年12月18日 18:00
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二浪人生恋物語 移季 流実 @uturogirumi

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