最後のスライム

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中

最後のスライム

「よし。かかってこい!」

 わたしの前には薄青色の体をぷるぷると震わせる、一匹のスライムがいた。


 ぷるっ。どん!


「よーし。いい当たりだ!」

 わたしは体当たりしてきたスライムを受け止め、地面に戻してやる。

「さあ、ごはんだ。しっかり食べろよー」

 近くの池でつかまえてきたカエルやザリガニを、地面にぶちまけてやる。

 ここはとある山奥の洞窟型ダンジョン。その第一階層だ。そこに立ち入り禁止区画を設けてある。


「スライム特別保護区」だ。


 わたしの職業は「スライム特別保護官」。目の前にいるのは、特別天然記念物「スライム」最後の個体だ。

 スライムの生態は謎に包まれている。どうやら数が減少していると気づいた時にはすでに遅く、あれよあれよという間にこいつ一匹になってしまった。

 ダンジョン発生以来狩りまくられてきたスライム。どうやって繁殖しているかなど、誰も考えなかった。

 急激に数が減り始めて危機感を覚えた政府が生態調査に当たった。その結果わかったのは――。


 ①スライムは分裂によって増殖する。

 ②増殖には人間にダメージを与えることによって得られるヒットポイント(HP)の蓄積を必要とする。

 ③生命維持にはHPの獲得を必要とする。


 これはその他のモンスターとはまったく異なる。彼らは生殖行動によってこどもを生み、食物摂取により生命を維持していた。

 学会では「スライム宇宙生物説」など、様々な仮説が議論された。しかし、検証が進む前にスライムが激減し、スライムを実験の対象とすることは法律で禁止された。

 それどころか、スライムを捕獲すること、攻撃することさえ禁じられることになった。


 ダンジョン発生以来、人間はモンスターを狩り続けてきた。モンスターは枯渇しない資源として社会に不可欠な存在となった。

 閉じた生態系であるダンジョンで、なぜモンスターが増え続けられるのかは永らく謎であったが、ついにある科学者がモンスターの謎を解き明かした。

 モンスターは空気中から二酸化炭素と窒素を吸収し、体内でアミノ酸を合成することができるのだ。


 人類は数十世代に渡ってモンスターを狩り続けた。その結果、ダンジョンに適応した進化を遂げた。

 人類はレベルアップを繰り返し、圧倒的な強さを種族として身につけたのだ。

 もはやモンスターに攻撃を受けても、こどもですらダメージを受けなくなった。


 その結果、スライムが滅亡の危機に瀕している。


 数あるモンスターの中で、スライムだけは生命維持のためにHPの摂取を必要とする。HPを得るためには人間にダメージを与える必要がある。

 しかし、そのダメージが与えられないのだ。


 そこにわたしが現れた。


 わたしは突然変異の先祖返りとしてこの世に生まれた。レベルアップのDNAが欠如しているのだ。

 その結果、世界でただ一人わたしだけがスライムからダメージを受けることができる。スライムにHPを与えることができるのだ。

 わたしは政府から「スライム特別保護官」に任命され、スライム最後の個体の保護に当たった。


 毎日わたしはスライムの体当たりを受け止め、わずかばかりのHPをスライムに摂取させるのだ。

 これによりスライムの延命には成功したが、どうしても増殖させることはできなかった。

 わたしのDNAが欠損しているといっても、人類が積み重ねたレベルアップ効果すべてを失っているわけではない。わたしの防御力もスライムから見ればかなり「硬い」のだ。

 どれほど攻撃されようと、スライムの繁殖に必要な大きさのHPを与えることはできなかった。

 わたしにできることはこの最後のスライムを生かし続けることだけだ。

「さあ、もう一度やってみろ。そらこい!」


 ぷるん。どん! ――キラーン!


 いつも通り体当たりを受け止めたが、その後に聞いたことのない音がした。見れば、地面に下ろしたスライムの体が光を発している。

「こ、これは……!」

 スライムはまばゆく光り輝くと、その姿を変えた。

 わたしの目の前には銀色の光沢を帯びたメタルスライムがいた。どうやらHPの摂取量がレベルアップに必要なしきい値に達したらしい。


 しゅん!


 残像だけを残し、メタルスライムはその姿を消した。


 ◆◆◆


 どちゃ、どちゃっ!


 地面にカエルやザリガニがぶちまけられた。


「スライム特別保護区」を脱出したメタルスライムは、鉱物を体に取り込んで分裂し、増殖した。メタルスライムは鉱物さえあれば増殖できる。

 絶滅しかけた経験がゲノムレベルに刻まれているらしく、メタルスライムは狂ったように分裂を続けた。

 やがて、メタルスライムたちはついに地上にあふれ、広がった。

 政府はメタルスライムを「特定有害生物」に指定し、駆除の対象とした。だが、またしても時すでに遅かった。

 ただでさえ防御力の高いメタルスライムが、一世代ごとにレベルアップを繰り返した。すぐに軍事兵器でさえ効かなくなった。

 核兵器さえ通用せず、人類はメタルスライムによって根絶させられた。


 のろのろと体を動かし、わたしはぶちまけられたザリガニを拾い上げ、生のままかぶりつく。

 かつて「スライム特別保護区」であったダンジョンの一角にわたしはいた。


 ひらり、ひらり。


 かかってこいというように、メタルスライムが体の一部で手招きする。


 ひらり、ひらり。


 今日もわたしはカエルとザリガニを食らい、メタルスライムと相撲を取る。

 それがわたしの仕事だ。


「特別天然記念物」、それが最後の人類の仕事だった。


(完)

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