第5話

 思わず振り返る。

 長い黒髪をポニーテールにしている、とても美しい女子生徒がこちらを見つめて佇んでいる。


「ど、どうしてここに」


 俺の質問に対して、彼女は「それはね」と言いながらゆっくりと近づいてきた。


「上の階から外を見たときに見かけたから。貴方を」


 見かけたから追いかけてきた?生徒会長が?俺を?まさか本当に告白―――。


「ふふっ考えすぎよ」

「……何も言ってませんが」


 彼女は白くほっそりした指で自分の顔を指さして言った。


「顔に出てるわ」


 そんな馬鹿なと思いつつ、でもこの人ならもしかしてとも思ってしまう。それとも一目でわかってしまうほど分かりやすい顔をしているのだろうか。つい考え込んでしまう。


「ほら、また考えてる。私はただもっとお話しをしたいなって、それだけなの」

「話ですか。でもそれは朝に―――」

「貴方、最後逃げたじゃない。ダメよ話が終わってないのに急に走り去るのは」


 めっと小さい子にやるような𠮟り方をされた。


「そんなことを言われましても」

「兎も角、貴方は今駅に向かってるのよね?ということは今日は特に用事も無く帰ろうとしてるのよね?」

「……あっいや、今から塾へ」


 彼女の言葉に何か面倒な予感をひしひしと感じ咄嗟に嘘をつく。しかし、思わずチラリと彼女の目を見てしまった。当然、俺の目を見ながら話していた彼女とバッチリと合ってしまった。


「お話を、ね?」


「……はい」


 大人しく従う道を選んだ。





 日が少し落ち始め、微かに夕焼けの色が混じる空の下、二人は並んで歩く。


「あの、この道って学園へ行く道ですよね?まだ学園に用事があるんですか?」


 ものすごい美人と隣を歩いているというだけでも緊張するというのに。さらに朝の件で彼女に対して少し苦手意識が芽生えているということも、より緊張に拍車をかけている。それに、と思う。


(朝の話の続きとなるとあまり楽しい話にはならないだろうな)


 ―――将来が怖い?


 たった一言、そう言われただけで大きく動揺してしまった。

 だから、最後まで話をせずに逃げた。


「ええ、そうよ?私もまだ仕事があるから。でも大丈夫よ、生徒会室は今日は私だけだから安心して?」

「そう、ですか。」


(生徒会室でしかも二人っきり……逆に安心できないんだが。それに、そこまで行ったら流石にもう逃げられないだろう。でも全てを吐き出すのか?まだ会ったばかりの彼女に?)


「ねぇ彼方くん。」


 また深く考えていたからだろうか、彼女は俺より数歩先でこちらを振り向いて名前を呼んでいた。


「あ、はい何です……か……?」


 下の方を向いていた顔をパッと上げて見た彼女の表情かおは怒りに満ちていた。眉間に皺をよせ睨みつける様に俺を見ている。


「私はね、許せないのよ」

「……許せない?」

「えぇ」

「俺を……ですか?」


 その問いを口に出した時、自分の声が少し震えているのがわかった。


「私自身を、よ」


 その言葉を、理解することができなかった。


 俺の事を嫌になるのはわかる。朝の事からして、俺に良い印象など持つはずもない。それどころか、寧ろ悪い方で見られている。新年度から就任した生徒会長としての最初の大一番。そんな大事な日に、俺は最悪なものを彼女に見せてしまったのだ。


「私は当時からすでに生徒会に所属してはいたの。そして、先代の生徒会長が卒業する前に次代の生徒会長として指名を受けた。そして生徒会を含む全校生徒の投票でそれが可決され、生徒会長という役職を拝命することとなったわ。明瞭学園の生徒の代表であるということを認められたの」


 そこまで言うと、彼女は間を置き少し自嘲気味に続ける。


「投票されたと言っても実際は自分じゃなければ誰でもいいという人達も、大勢いたのでしょうけれどね」

「……でも、それでどうして?」

「貴方にそんな表情かおをさせてしまっているからよ」


 朝と似たようなことを彼女は言った。

 確かに生徒会長というのは面倒なことが沢山あるだろう。俺だって絶対やりたくないし、やらなくて済むならそれに越したことはない。でも、例え誰かがやってくれるならという消極的な理由だったとしても、投票により生徒会長に選ばれたいうことはすごいことのはずだ。


 そんな選ばれた彼女がどうしてそんな理由で?

 たかだか俺一人のことだろう、どうしてそこまで?

 

 「それは……どういう……?」


「学園の生徒を護り導く象徴となる事。今の明瞭の生徒会長トップにはあの人がいる、だから明瞭はすごいのだと。そう周囲の人達に思わせる事が一番大事な事なんだと、私は先代の生徒会長にそう教えられたわ。勿論限界はある。事実、私より素晴らしい人なんて沢山いるもの」


 俺は言葉を失った。


(待て待て、もしそれが本当だとしたら……本当にそうだとしたら、あなたは、なんてものを背負っているんですか……!?)


 だからね、と彼女は続ける。


「私は生徒会長として、学園の象徴として、この学園の生徒である貴方に、入学式あの日からずっとそんな表情かおさせてしまっている私が許せないの」


 彼女の目はどこまでも真っすぐで、どこまでも重く、そして綺麗だった。

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そのキセキは彼方へと もすまっく @mosmac

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