第4話

 校内に鐘の音が響く。


 この時間の鐘は戦争の合図だ。


 新校舎への建て替えをする際の明瞭学園への設備投資は凄まじいものだったらしい。廊下を走るなという注意も何のその。一年生から三年生まで年代を問わず学食という理想郷アルカディアへと旅立つ。その勢いは誰にも止めることなどできない。そんな中、すでに敗れた者が一人。


「うっ、ふぅう……ぐすっ」

「んーうまい。うまいのはいいんだけど、母さん毎回弁当頑張り過ぎな気もするなぁ……ぁむっ」


 母さんが朝早く起きて作ってくれた弁当は最高にうまい。もっと冷凍食品を使ってもいいのにとは思うが、毎日毎日とても楽しそうに作ってる姿を見ると、感謝はすれどもっと楽をしてもいいとは言えず今に至っている。


「おいっ、いい加減触れろよ俺にっ!そして慰めろ!」

「今弁当食ってるから、終わったら慰めてやるよ。」

「鬼っ!悪魔っ!」

「うるさいやつだなぁ」


 横で涙を流してごちゃごちゃ言っているが、食事中はもう少し静かにしていて欲しい。


「うぅ、今日は帰れるまでまだ三時間以上あるのに辛すぎる……」

「いつも買って来てるのに、眠いし何か面倒だったから学食でいいやって朝言ってたのはお前だろう」

「だって昨日遅くまでゲームしてて寝るの遅かったんだもん。朝めっちゃ眠かったんだもん」

「笑」

「酷いっ!鬼っ!悪魔っ!」


 そう叫んだ明が突然俯き体を細かく震わせている。


「……かなたんなんて」


 ボソっと呟いたかと思うと、


「かなたんなんてっ!女の子になっちゃえばいいんだぁあぁぁああ!!」


 と叫びながら走り去っていった。


 あまりの暴言に思考が止まる。数秒後にやっと何を言われたのか理解するが、何を馬鹿なことをと一笑に付す。


「……全く、何てこと言うんだあいつは」


 はぁ、と溜め息をつくと残りの弁当を食べるために箸を動かす。だが、途中でその箸が止まった。そして、ゆっくりと自分の体を目で見て確認する。


「…………無いよな?」


 そう、不安そうな一言を漏らした。





 今日の授業の最後を告げる鐘が鳴り響く。

 すぐに席を立ち帰ろうとする者、授業内容を教え合っている者、部活動や委員会へ行く者など各々の活動が始まる放課後。


 途中走り去っていった明は、何やら機嫌が良さそうに午後の授業を受けていたので理由を聞いたら、「彩香のやつが弁当作り過ぎたからってくれたんだよ。いやマジで助かったわ!」とか言っていた。鈍感なのか純粋なのかはわからないが、彩香の想いは応援しようと決めた。


「さぁって、俺も帰るかぁ。明、お前部活とか入ってたっけ?」

「いんや、入ってない。けど今日は悪いけどパスだ。美化委員の仕事があるからさ」

「あーそっか、そういや彩香に入れられてたんだったな。じゃまた明日の放課後な。彩香にもよろしく言っておいてくれ」

「おう、またな~」


 明と別れ、靴箱で履き替え外へ出る。グラウンドではサッカー部と野球部からいつもの声が聞こえてくる。そんな声を聞きながら、そういえば今日は木曜日だったなとふと思い出す。


「やべっ、明日の放課後って言っちゃったな。明日は俺が委員会でダメなやつじゃん。あとでRAIN《レイン》でも……まぁ明日も会うしいっか」


 直接言えばいいと、取り出したスマホをポケットにしまい、いつも通る道を歩きながら駅へと向かった。

 

 数日前、各クラス内でどの委員会をやりたいかを決める事になった。俺は無難に図書委員でいいかなと思い、立候補してそのまま決まった。その後にそれぞれの委員会で集まり、顔合わせと仕事内容などが説明される日が設けられ担当が決まる。その際、俺は担当を毎週金曜日にしてもらえることになった。

 なぜかというと、この学園は土日が休日となっており、次の日が休みである金曜であれば図書委員の仕事をすることに対して、身体的にも精神的にも負担が少なく済むだろうという考えがあったからだ。


「さすがにあの広さだからなぁ……普通の平日にはやりたくないよなぁ」


 そう、なんせこの学園の図書館は広いのである。というか図書室ではなく図書館と言われていることからもわかるだろう。なぜここまで広いのかというのは、図書委員会の顔合わせ説明会で聞くことが出来た。

 昨今、働き方というものが非常に厳しくなっている。授業や雑務・委員会・部活動。余りの仕事量に潰れてしまう教員たちは今でも少なくないらしい。その上学校にもという面子メンツがある。特にここのような進学校なら尚更だ。だからこそ優秀な人材はできるだけ多く確保しておきたい。

 なので学園においてより良く、より長く働き続けてもらうためにも、教員たちの負担というものを今まで以上に深刻に捉えた。

 その結果、土日を完全に休みにし、代わりに図書館を開放して生徒たちが自主的に学べるようにしている、ということだった。


「大変だよな、先生も生徒も」


 歩きながら、そんなことを呟いていた。


「それには私も同意するわ彼方くん」


 そんな声が、後ろの方から聞こえて来た。

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