第3話
腰まで届くポニーテールが微かに揺れている。艶やかな黒髪は僅かな光の反射により薄っすらと輝いて見えた。それだけではない。人形ではないかと思ってしまう程のきめ細やかで整った顔立ち。肌も白く透き通るような透明感がある。そんな彼女が少し不機嫌そうに、しかし徐々に何かを心配するように表情を変えこちらを見ている。
「ねぇ、聞いているの?」
まさか本当に自分に用があるなどと思わなかったため、なぜ彼女が話しかけてきたのかとか、どうしてそんな綺麗なんですかとか、髪は艶々だし瞳も綺麗だなとか、様々な疑問や思いが沸いては消えていく。
「ぇっ、ぁっ……っと」
―――彼方はああいうお姉さんみたいな人が似合うわよきっと!
入学式の日、家で母さんに言われたことを思い出し、思わず突っ込んでしまう。
(いや、そんなわけあるか!あの日見て以来、今日が二回目だし話したのは初めてだぞ!)
「ぁっと、その……すいません。俺に何か……?」
言葉に詰まりながらも何か用があるのかと問う。すると彼女は袖を掴んでいた手を離し、じっと俺の目を見つめた後軽く目を伏せて謝罪をした。
「その、突然ごめんなさい。」
「い、いえ」
「私は筏葛千歳。三年よ」
「えっと、はい。知ってます、入学式の時に……」
(何だ、何なんだ)
「いきなりなのは本当に申し訳なく思っているの。服まで掴んでしまって。でも、目が合って逃げるのはどうかと思うわよ?」
「えっあっはい、その、すいません……」
(綺麗な人だけど、いざ目の前で目を合わせて喋るとなると少し怖いな)
「あっ、そうだ。俺の名前は『
「っ……なんで」
「調べたからよ。と言っても教員の方に伺っただけだけどね」
(調べた?俺を?)
綺麗でかっこいい人からとんでもない美人へ、それからすぐに何かちょっと怖い人に変わったと思ったらいきなり不審人物へ。彼方から彼女への印象が怒涛の勢いで変わる。
「そんな怯えた様な目で見ないで?大丈夫よ、少し確認したい…というか聞きたいことがあるだけなの」
「聞きたいこと、ですか?」
まだ若干彼女に対しての不信感は残っているが、まだ入学して二週間である俺にわざわざ聞きたいことがあるというのは気になる。
「俺に答えられることなら……」
「ありがとう。多分すぐ終わると思うから安心して?」
少しほっとした様子で少し佇まいを直すと俺としっかり視線を合わせた。
「紫雲彼方くん、貴方は――――――」
「おっはーかなたん……どした?」
結局かなたん呼びを続けている明が、焦ったようにして教室に入った俺に心配そうな声をかけてきた。
「えっあぁいや、何でもない。ちょっと遅れそうだなって思って走ってきただけだから」
「まだ20分以上あるが?」
「…………」
そもそも
「おいおい、明瞭は進学校だぜ?俺だってその明瞭の生徒だってこと忘れてもらっちゃ困るな」
「……何も言ってねぇよ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
「で、何があったんだ?」
無かったことにしろよと思ったが、明なりに心配してくれているのは分かっているので、一言で収まるように簡単に説明をすることにした。
「はぁ、まぁあれだ、生徒会長はわかるか?」
「おーあの超絶美人の先輩か!なんだ、もしかして告られたかっ!?くそっ許さねぇぞ!」
「一人で勝手に妄想して勝手に怒るな。何でもないよ、ただ話をしただけだ」
「あの超絶美人の先輩と話をっ!?くそっ許せねぇ!」
「もう黙っててもらっていいか?」
(生徒会長、筏葛千歳……か)
その後、登校してきた彩香と挨拶を交わし、明と彩香が何やら話しているのを聞いている振りをしながら今朝の事を思い出す。
「貴方は、将来が怖い?」
「――――――ぇ?」
何を言われたのか理解できなかった。
どうして、と思った。
ずっと、今まで生きてきて、ずっと心の奥底にあったものだ。
「何を、言ってるん、ですか」
「あの日、入学式の時。ふと見た先に貴方がいた。」
とても驚いたわ、と彼女はその時を思い出すかのように遠くを見つめながら言った。そして、彼方へ視線を戻す。
「貴方も知っている通り、ここ明瞭学園は絶大な人気があるの。毎年沢山の受験生がここを目指して頑張っているわ。もっとレベルの高い学校は他にあるにも関わらず、ね」
「それは……この学園もレベルは高い方ですし、交通の便も良い。あ、あと校舎も新しくなって、設備もかなり良くなって」
「そう。だからこそ、おかしいのよ」
なんだ、どういうことだ?彼女は何を……。
――――――貴方だけが、まるで将来に希望などない。この学園に入学しておきながら、そんな
彼女の言葉を思い出し、思わず天井を仰ぎ見る。後ろでは相変わらず明と彩香が何やら話しているが、内容は全く入ってこない。
あの時の自分を見られていたことにも驚いたが、入学式の時の俺は確かにいつもの悪い癖が出ていた。
今を喜び将来を想う。普通は皆そうだろう。頑張って頑張って、その結果が素晴らしいものだったなら、そこから先を、より良い未来を想い描くはずだ。
けど、俺にはそれができない。
今を喜ぶことはできる、今までもそうだったしこれからもそうだろう。
でも、自分が何をしたいかわからない、どうしたいのかわからない。そんな状態でそれでも有無を言わさずやってくる将来という恐ろしい
俺は、それが怖くてたまらない。
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