第2話
鍵を開け、ガチャリと玄関を開けて中へ入る。
「おかえりなさーい」
すると、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら母親が出迎えてくれた。
「ただいま」
「うふふ、さぁほら。手洗いとうがいをしてらっしゃい」
「わかってるわかってる」
第一志望だった高校に合格し、入学式が終わってから気持ちが落ち着いたのか、母さんは嬉しさが声や表情から溢れ出ていた。
合格発表の日は大変だった。朝から俺より青い顔をして震えていたし、朝食では塩と砂糖を間違えたりなんかしていた。
大丈夫だからと椅子に座らせたが、またすぐに立ち上がりリビングをウロウロして転びそうになったりと、心配だから何とかしてくれと父さんに頼み、落ち着かせるという名目でしばらく抱きしめて拘束してもらったりもした。
まぁ実際、気が気では無かっただろう。受験勉強という自分の息子の人生を左右するであろう大切な時期。それに気をつかう日が続き、ついにその結果が出るのだ。なるようになるだろうと考えていた俺はそうでもなかったが、母さんのストレスは尋常ではなかったに違いない。
だから、自分の番号を見つけたときは受かったという嬉しさよりも、これで母さんを安心させてあげられるという気持ちの方が強かったのを覚えている。
「ねぇ、
「うん、あの学校は進学校っていうので昔から人気があったんだけど、そこへ建て直しによる新校舎っていうのが相まって、さらにとんでもない人気校になったからね。頑張った甲斐があったよ」
「いいわね~三年間あんなところに通えるなんて~~!あ、それとあの生徒会長さんもすごかったわね~。綺麗でキリっとしていて。彼方はああいうお姉さんみたいな人が似合うわよきっと!」
「ぶふっ、いやぁ、どうかなぁ……」
「しっかりしていて甘えさせることも、あえて厳しく突き放すこともちゃーんとしてくれる。そんな飴と鞭を使い分けられるような人があなたには合ってると思うわ!あっ今日はお肉よ!それも飛びっきりいいお肉!楽しみにしてなさいっ」
「なんでそんなリアルなんだ……」
怒涛の勢いで喋るだけ喋ったあと嬉しそうにパタパタと奥へ行ってしまった。そんな母さんの姿を見てやれやれと溜め息をつく。親孝行というにはまだまだ早い気もするが、あれだけ喜んでいる姿は初めて見る。俺としては母さんにはいつも明るく笑っていて欲しいので願ったり叶ったりだ。
「いや、いくらなんでも……作り過ぎだろ……っ」
自分の部屋のベッドに横になりパンパンになったお腹を優しく摩る。
あの後、夜に父さんも帰ってきたため三人で入学祝いをした。食事中ずっとニコニコしっぱなしだった母さんは珍しくお酒を飲んでいた。父さんは普段と変わらない様子だったが、それでもお酒を飲みながら母さんを甘やかしていた辺り、表に出さないだけで、十分喜んでくれていたのだろう。そうして酔いが回り始めたのかイチャつきだした二人を俺はあまり見ないように食事に集中した結果だった。
「うぇ……マジできつい……いやでも残すのも悪いし……うっぷ」
とりあえず今はこの苦しみから一刻も早く解き放たれることを切に願う。
――――――二週間後。
まだ着て日の浅い真新しいブレザータイプの制服に身を包み、白い息を吐きながら電車を待つ。東京とはいえ、さすがに入学式から二週間程度では暖かくなるわけなどなく、まだまだコートが手放せない日が続いていた。
(寒い。いや本当にマジで寒い。帰りたい。あのぬくぬくとしたお布団にインしたい)
駅のホームで通勤通学の人たちが同じように並んでいる中、寒さでプルプル震えている彼はコートではなく中にカーディガンを着てマフラーを巻いている程度であった。見た目を優先してしまうのは、若さ故か。
そんな薄着に後悔しながら寒さに震えている彼の耳に天の声が降り注ぐ。
―――次の列車は、各駅停車、明瞭学園前。各駅停車、明瞭学園前。下りるお客様を優先して、無理なご乗車はご遠慮下さい。
(フフフ、電車一本で学園前という最高の環境だ。これこそが俺が望んでいたものだ。フフフフ、俺は手に入れたんだ。この素晴らしい環境を……!)
暗い微笑を浮かべている彼は、寒さで少しおかしくなっていた。
学園に着き、靴を履き替え教室へと向かう。学園内では新しい冷暖房設備が完備されており、過ごしやすい気温に保たれていた。まだ一カ月も通っていないが、それだけでも心が踊るような気持ちだった。
(寒過ぎてマジでやばかった……それにしても、やっぱり綺麗だよなここ。……本当にここの生徒になったんだもんなぁ)
そんな風に思いながら歩いていると、ふと奥の三年校舎へと続く廊下の方で人が話しているのが目の端に入り、顔をそちらへと向けた。
(あれ、あの人)
何やら教員らしき人と立ち話をしている女子生徒には見覚えがあった。
(苗字はなんだったっけ、何か凄い苗字だった気がする…………ん、え?)
苗字を思い出そうとしながらじっと彼女を見ていたら、向こうもこちらに気付いたのか軽く目を瞠る。そして「それでは先生、また後日宜しくお願いします」と突然話を切り上げる形で教員との会話を終え軽く礼をすると、なぜかこちらへと歩いて来た。その視線は完全に俺を見ている。
(いや、勘違いするな。きっと俺の後ろに誰か知り合いがいるんだろう。このままスンッと何もありませんよ感を出して行ってしまおう)
そう結論付けて、彼女から顔を逸らし自分の教室のある方へ向けて歩きだそうとした。
その瞬間、何かに引っかかるような感じがした。不思議に思い、そちらへ目を向けると制服の袖が掴まれていることに気付く。そして徐々に視線をその掴んでいる白く綺麗な手から相手の顔へと動かしていく。
「人の顔を見て逃げるだなんて失礼でしょう?どうして逃げるの?」
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