第1話

「なぁ、かなたん」

「ぶっとばすぞ」

「こわっ」


 突然どこかの可愛らしいキャラクターの様な呼び方をしてきたこいつは桐生明きりゅうあきら

 入学式が終わり、各々決められたクラスへと移動した。その後担任となる教師が挨拶をした後、クラス全員が一言ずつの簡単な挨拶をすることになった。名前など自己紹介をして自分の番は終わり、そのままそのような感じで全員終わった後、注意事項などを確認し休憩時間となった。その直後である。


「いやいや、この方がかわいいし呼びやすいじゃん?」

「ぶっとばすぞ」

「こわっ」

「ちょっと、いきなり変な絡み方するんじゃないわよおバカ」


 そんな繰り返された二人の会話に、透き通りつつも僅かに圧を感じる綺麗な女子の声が混じる。


「おいおい彩香じゃないか、同じクラスだったのかよ」

「は?」


 彩香と呼ばれた女子が、明を射殺さんばかりの眼光で睨みつける。


「い、いやぁ嬉しいなぁ!愛しの彩香様とまた同じクラスになれるなんて!あっはっは!」

「ちょ、愛しのってバカじゃないの!」


 彼女は顔を真っ赤にしながら、照れ隠しなのか思わず出た手が、吸い込まれるよう明の顎に入る。


「……oh」


 なぜか外人のような言葉と共に膝から崩れ落ちる明を見て、恐ろしいものを見る目で彼女を見てしまう。

 頬に手を当てクネクネしながら「もうっ」と言っている彼女は、魂が抜け落ちたかのようになっている明に気が付いていないようだ。


「あーっと、その、仲が良さそうだけど、知り合いなのか?」

「「仲は良くないけど知り合いだ」よ」


 俺が質問するとまるで何事も無かったかのようにスッと立ち上がっていて答える。


「おい、ハモるなよ。仲がいいと思われるだろ」

「こっちのセリフなんだけど?やめてくれない?」


 お互いにガンを飛ばして威嚇し合っている。


「あー……そうか、良くわかった」


(まぁ仲はかなりいいんだろうな。明の方はどちらとも言えないけど、彼女の方はただ素直になれてないだけでもう完全にあれだな……ん?)


 一瞬、胸に何かを感じる。

 少しだけ、ほんの少しだけそんな二人を見て胸が苦しくなった気がした。


「ごめんね、うるさくて。わたしは遠藤彩香えんどうあやか。よろしくねっ」

「あぁ、よろしく。俺はし「かなたん」た」

「……おい」


 分かってるってと言わんばかりのいい笑顔とサムズアップを決めているやつを睨みつける。

 そして、そんな明と俺のやり取りに彼女は思わず笑い、


「あはははっ、今日初めて会ったのにもう仲良しだねっ!んーじゃあわたしもかなたんって呼んでいい?いいでしょ?かーなたんっ」

「―――っ」


 間違いなく可愛いと言える女子にそんな風に突然言われ、恥ずかしさや照れくささを誤魔化すために顔を顰めて嫌ですという雰囲気を出しながら顔を背けた。

 なぜだろうか。明に言われるのは本気で気持ち悪いしイラっと来るのだが、女子に言われるのは嫌ではなく、恥ずかしいだけなのは。

 しかし、このままかなたん呼びをされ続けるのはこれからの学生生活において死活問題となりかねないため、彼女からのお願いを顔を背けたまま無視をする。男同士でバカ騒ぎはしてきたが、女子とは学校生活において必要な交流しかしてこなかったのが仇となった。つまり何を言えばいいのか、どう反応すればいいのかわからないのである。


「ねぇごめんって!無視しないでぇっ!そうそう、わたしのことは彩香でいいからねっ」


 彼女は謝りながらもそう言ってくれた。


「……わかった。よろしく彩香。」


 謝ったからしょうがないなという渋々な感じを出しつつ答える。すると横から、


「もうっアタシのこと無視して二人だけで仲良くしないで!かなっぁだぁぁ!」


 急に裏声で気持ち悪い事を言い出した明に、デコピンを食らわせることで黙らせる。


「普通に気持ち悪い」

「うぅ……ひどい」


 赤くなったおでこを押さえながら、めそめそと涙を流す明


「まぁでも、せっかく同じクラスになったんだしよろしくな二人とも」


「へへっ、おう」

「うんっ」

「だが、かなたんは許さん」

「「え~~~~っ」」


 ぶーぶーと抗議する二人。そんな二人を見て思わず笑ってしまう。だが、


(本当に仲がいいんだな。それに比べて俺は……)


 と、内心自嘲する。


 小学生の時も中学生の時も、漠然と将来のことを考えながら生きてきた。なぜかはわからない。誰かが言っていたのを聞いたのかもしれないし、テレビで将来の夢はというテーマを扱っていたものを見たからなのかもしれない。気がついたら何故か将来はどうしようかと悩むようになっていた。

 そんなだからだろうか。一緒に遊んでいた友人は沢山いたが、皆で一緒に楽しんでいる中、心の奥底ではどこか冷静でいた。楽しみ切れていない。そんな感覚は常にあった。

 楽しいことは本当にいい事だと思っている。でも、ふとした瞬間にこのまま楽しいままでいいんだろうかと考えてしまう。


 楽しいことが不安で仕方がない。


 「――――――っ」


 視線の先、あーだこーだと楽しそうに話す二人を見て、また胸が苦しくなった気がした。

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