第2話 カキツバタ

「じゃあ、インターハイ予選のメンバー発表していくぞー」

来た、心臓のバクバクが止まらない。高校最後のインターハイ予選、剣道競技男子団体スタメンは7人その中でも試合に出られるのは5人。今年で最後、ずっと出られることを夢みてきた。来い、来い、来い。



「今回はこのメンバーで行くから、補欠は怪我等の非常時のために備えとけよ。以上」

結果、俺は7番目に名前が呼ばれ補欠メンバー。ああ、虚しい、俺はあいつらより弱いんだ。胸のあたりにぽっかり穴が空いたみたいで、今にも涙が落ちそうだ。だって5人目で大将として呼ばれた奴はまだ2年だ。来年もある。おれには最後だったのに。自分でいうのも何だけど、誰よりも必死に努力した思ってる。やってられない、悔しい、悔しい。泣きそうになるのを我慢して、その日は日課の自主練もやらずに帰路についた。


インターハイ予選当日、今日が3年の最後の日になるかもしれない。チームが負けたら試合に出られずじまいで引退だ。勝って欲しい、頭ではそう思ってるのに心は反対のことを呟く。監督だっておれを使うべきだったって後悔すれば良いんだ。散々な試合をして、試合メンバーだってちょっとは痛い目見ればいいんだ。そんな考えも無駄なようで、チームは順調に勝ち進んでそのまま優勝。インターハイの切符を手に入れた。ご丁寧に補欠の分まで用意された優勝メダルはまるで自分の汚い心を写す鏡のように思えた。

お祝いムードに疲れ果て、1人帰路に着いていると後ろから声が自分を呼ぶ声がする。

「先輩!先輩がいつも誰よりも真剣にしんどい稽古に取り組んでるの見て、自分も頑張ろうって励まして貰ってました!その、うまく言えないですけど、今日無事に大将として試合出来たのは先輩のおかげです!ありがとうございました!」

単純に嬉しかった。でも同じくらい悔しかった、涙が出るほど悔しかった。後輩にこんな情けない顔見せられない。背中を向けたまま、右手だけあげて帰ってしまった。


「ただいま」

「あー!おかえり!よかったわね、優勝おめでとう」

「別に俺出てないし」

「そんなこと言わなくて良いじゃない、ご飯できてるよ」

「いらない、もう寝る」

「え、ちょっとまっ」

バタン、不機嫌なことが分かるように勢いよくドアを閉めてベットに倒れこんだ。


その日の夢は不思議だった。とてもリアルでインクの匂い?がする。蝋燭だけの光のせいか室内は薄暗く、壁一面には便箋や封筒が飾ってある。

「いらっしゃい。」

びっくりした。見れば奥のカウンターに老婆がちょこんと座っている。

「えっと夢だよね、、」

「もう、やあねえ、夢じゃないわよ。坊ちゃんはお店に選ばれたのよ。この花束郵便局にね。」

何言ってんだこの人、俺は自分の部屋で寝ていたはず。

「まあ、そんな難しく考えなさんな。とりあえず座って」

「ここはねえ、坊ちゃんの心を言葉で表す場所さ、なんか溜まっているんじゃないの」

そういうと老婆は立ち上がって、俺の前に紫色の花が描かれた便箋とボールペンを置いた。

「これはカキツバタというお花だよ、綺麗だろう」

「は、はい」

「さっきも言ったようにこの便箋に坊ちゃんの中から溢れる思いを拾って書くんだよ。なあに難しいことじゃない、落ち着いて時間をかけてかけばいいさ」

何だか不思議な気持ちだ。夢なはずなのに、ボールペンを握るとちゃんと感触があって自然と言葉が出てくる。


試合に出たい。自分が今までしてきたことを思いっきり出し切りたい。悔しい、悔しい。

認められたい。剣道をなぜしているのだろう。

俺だって必死にやってきたのになんで報われないんだ

そして何より仲間の活躍を、後輩の勇姿を素直に喜べない自分が嫌いだ。



書き終わると老婆はさっと手紙も取り上げて満面の笑みを見せた。

「よくできてる」

「え、でもこんなの情けないですよ」

「情けなくたっていいじゃないか、自分の今を知ることのほうが大事だよ」

「じゃあ、次はこの帳簿に名前と住所を書いてくれ」

「えっ」

「なあに、悪用はしないよ。こんなおいぼれのことも信用できないのかい」

まあいいか、どうせ夢だし。そう思って必要事項を記入していると、老婆は蝋燭の火で紫の固形物を溶かしてる。出来上がった液体を俺の手紙の入った封筒にゆっくり垂らすと、先ほどのあの花の形のスタンプを優しく押した。

「よし、それじゃあ最後は坊ちゃんの手で言葉を旅させてやんな、そこの赤いポストに入れるんだよ」

えらく年季の入った赤いポストに手紙を入れると心がふっと軽くなった気がした。

「運が良ければ返事が返ってくるかもね、」

そんな老婆の声を聞きながら俺の意識は遠くなって行った。



目が覚めると、頬に涙が伝っていた。夢だったよな。

「遅刻するよー!!朝ごはん食べてー」

階段の下から母さんの声が聞こえる。昨日は悪いことしちゃったな。せっかく晩御飯を作っておいてくれたのに。せっかく応援してくれたのに。

「おはよう。昨日は当たって本当にごめん。母さんは悪くないのに。晩御飯もごめん」

「いいの。お母さんこそごめんね。確かにチームが勝ったことは嬉しかったわ。でも、それでも、お母さんも悔しい。だってあれだけあなたが頑張ってることを知っているから。だけど、あなたの努力は勝ち負けでは表せない価値があるとお母さんは信じてるわ。さ、食べなさい!!」


その日からまた日課の自主練を再開した。インターハイまであと1ヶ月とちょっと。大会には出られないかもしれないけど、今チームのために、自分のために出来ることをやるしかないんだ。


あの不思議な夢から1週間ほどたった後の夜遅く、家の庭のポストからガタンと音がした。

何だ?こんなに遅くに。家族は全員寝ていたので、ドアの音を立てないようにそっと外に出ると、むわっとした蒸し暑さで一筋の汗が首に流れた。

ポストには手紙が1通。宛名は【私の次のお客様へ】綺麗で女の人が書いたような字だった。封筒の裏には花束郵便局と書いてある。えっ、どういうことだ、意味がわからない。だって夢だったじゃないか。速まる鼓動を落ち着かせながら、自室でそっと手紙を開いた。


私の次のお客様へ

はじめまして、いきなりびっくりしましたよね。私はあなたの前に花束郵便局に助けていただいた女子高生です。あなたのことは剣道を励んでおられる高校3年生であることとあの手紙の内容しか知りません。大切な手紙を勝手に読んでしまったこと本当にごめんなさい。

私は高校2年生なのでこの手紙の中であなたのことを“先輩”と呼ばせていただきますね。私が先輩の手紙を読ましていただいた後、人生で初めて剣道のことを調べ、試合の動画を見させて頂きました。こんな簡単な言葉で表してはいけないですが、とてもかっこいいと思いました。画面の中から溢れるほどの迫力、目で追えないほどのスピード、そして何より相手を尊重する礼儀の心が伝わってきました。先輩はこんなにも素晴らしい競技をされているのですね。私自身は少し前までやりたいことも見つけられず、これと言った努力もしてきませんでした。でも、花束郵便局での経験を通してこんな自分でも認めてあげて良いんだ、自分を好きになって良いんだと考えられるようになったと思います。でも先輩はすでに精一杯頑張っていてそれでもまだ高みを目指そうとされています。私にとって先輩のされていることは到底真似できないし、誰にでもできることじゃないです。とてもすごいことです、とても尊敬します。先輩はどうして剣道を始め、今まで続けて来れたのですか?

これは素人の私の意見なのですが、本当に努力した人しか心からの悔しさを感じることは出来ないと思います。だから、先輩の悔しさ、思いは決して恥ずかしがることでも情けないことでもないです!先輩が一生懸命頑張っている証拠です。だって私はもうこんなにも先輩に憧れてしまっているのですから。

顔も名前もわからない関係ですが、ここに先輩の大ファンがいることを忘れないでください。そしてきっと先輩のことを見ている人はもっとずっと近くにいると思います。

追伸 私この手紙何回も書き直したんですよ、大切にしてくださいね!応援しています。

先輩の大ファンより。


うっ、涙が止まらない。そうだった。俺は剣道の正々堂々としたところに惹かれて始めたんだ。はじめは勝つことや相手を妬むことなんて考えてなかった。俺は剣道が大好きなんだ。それだけなんだ!誰かと比べるのではなく自分自身を磨くことこそ大切なんだ!


次の日の朝、あの日後輩に言えなかったことを言いに行った。

「ありがとう」

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花束郵便局 @niisakura

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