花束郵便局
@niisakura
第1話 黄色のパンジー
雨。水に濡れた靴とともに体もなんだか重い。いつもと同じ学校から家に向かう帰り道、私は今日もため息をつく。小学生の頃は、高校2年生なんてキラキラして楽しいことしかないと思ってた。でも私はきっと世間から見たら脇役だろう。どこにでもいるような「普通」を体現したようなのに、私自身はどこにもいない気がする。ネガティブな気持ちを追い払うように、スピードを上げると後ろから誰かに呼ばれた気がした。なんとなく振り返ると深緑のツタが絡まったレンガ造りの建物が目に入る。
「何?」
中を覗くとろうそくがゆらゆら揺れている。新しいアンティークの店ができたのか。どのみち家に帰っても暇をするだけだ。
カランコロン 心地よいベルの音とともに体にブルっと寒気が走った。
「悩み事はなあに?」
「えっ」
外からは見えなかったが、奥のカウンターに老婆がちょこんと座っている。
「お嬢ちゃん、今日はどんなお悩み?」
「えっあの、ここはアンティークショップではなくて?」
「もう、やあねえ、ここは郵便局よ。花束郵便局。」
「あっすいません。間違えて入ってしまったみたいです。」
「間違える?、やあねえ、そんなわけないじゃない。ここはお店に選ばれた人しか来れないの!」
おかしい人に捕まってしまった。よく見れば壁にはたくさんの便箋や封筒、インクのツンとした匂いもする。
「ねえ、それで悩みはな・あ・に!」
「まあ、いいわ、あなたの心が言っていることを書いてみな。何時間かかってもいいの、あなた暇そうだしね」
そういうと老婆は微笑んで黄色のデイジーが描かれた便箋とボールペンを置いた。
どういうことかさっぱりわからない
書けって言われても、、、私の心、、こころ、こころって、、、
老婆の視線が痛いのでとりあえずボールペンを持ったとき、考える前に私の手は動き出した。
本当の私はどこにいるの、何を目指しているの、わからない、自分がわからない。
まるで真っ暗なトンネルを歩いているよう。
特別な何かになってみたい。
短くてぐちゃぐちゃな文字はとっても歪だけど、心はさっきより軽い気がする。
「おう、書けたかい」
いつのまにかどこかに行っていた老婆は満面の笑みで手紙とも言えない私の言葉をのぞき込んで
「よくできてる、じゃあ次はおまえさんの言葉を旅させてやろう」
次は帳簿のようなものを取り出して住所と名前を書くように言われ、私は怪しむ気持ちが麻痺したようにサラサラっと書いた。私が住所を書いている間に老婆は丁寧に手紙を封筒に入れ、便箋と同じ黄色のデイジーをかたどったシーリングスタンプを押した。
「最後はお嬢ちゃん自身でこの手紙を送り出してやんな、そこのポストに入れるんだよ」
私はお店の隅にある年季の入った赤いポストに手紙を入れると「運が良ければ返事が来るよ」という老婆の声を聞きながら店を後にした。
それから一週間経って相変わらず同じ通学路をなん度も歩いているけどあの不思議な郵便局は見つからない。
でも私はほんの少しだけ前向きになった気がする。私が自分を探す旅をしているように私の言葉もどこかを旅しているからかもしれない。その日の夜、郵便受けに不思議な手紙が入っていた。
宛名は【私の次のお客様へ】
隅には花束郵便局と書かれていた。深呼吸をして自室でそっと手紙を開いた。
私の次のお客様へ
はじめまして、私は貴方の前に花束 郵便局に助けて貰った者です。
勝手ながら貴方のお手紙拝見させて頂きました。どうか私のご無礼をお許しください。
私は長年の夢だった喫茶店を営む還暦を過ぎたおばあちゃんです。貴方のことは高校生である事とあのお手紙の内容しか知りませんがそのお手紙を読ませていただいたことで、今となれば微笑ましくそしてとても苦かった青春の日々を思い出すことが出来ました。貴方は今自分がわからないとおしゃっていましたね。私にとって貴方の悩みはとても立派なものだと思います。なぜなら悩み葛藤する心がなければ人は前に進めないからです。
かく言う私も人生なんのために生きているなんかわかりません。ただ、生きたい、何となくまだ死ぬには早いと思ってるからだけなのです。貴方は生きている意味を探す途中に居るのかもしれませんね。明けない朝はないように出口の無いトンネルなんて存在しません。周りに光がないのなら貴方が周りを照らす光になれるということです。
でも、これだけは決して忘れないで欲しい。貴方は1人ではないことを、周りに頼って迷惑をかけても良いことを。
最後になりましたが同じ空の下に暮らす貴方の幸せを願っております。
どこかの喫茶店のおばあちゃんより。
気づいたら頬に涙が伝っていた。鼻がツンとして心に暖かさが広がる。私は脇役じゃない。私の人生の主人公だ。だからゆっくり歩いていこう。たまに立ち止まっても、迷っても私はちゃんとここにいて今を生きている。手紙をぎゅっと抱きしめて、窓の向こうの星はいつもよりちょっと輝いている。
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