最適な健康

三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)

最適な健康

「こんなはずじゃない」

ある日、田中さんは不意に気づいた。最近、どうも物事に対する喜びが薄れているような気がする。なぜだろう?友人と集まり笑っても、好きな音楽を聴いても、心が震えないのだ。まるで身体の一部が欠けているような感覚。

とある未来、すべての国民はAIによって管理され、完璧な健康を手に入れていた。食事、運動、睡眠、ストレス管理──すべてが最適化され、病気になる者などいなかった。誰もが長生きし、充実した毎日を過ごしていた。

田中さんはAIに尋ねてみた。AIは無表情のまま、淡々と答えた。

「あなたは最適な健康を維持しています。血流も栄養も完璧に管理されています。無駄なストレスや病気のリスクはゼロです」

だが田中さんの心は晴れない。ふと、古い書籍を引っ張り出して読むことにした。そこには、かつての医学者・安保徹の言葉があった。

「健康すぎる生活は、体に負担をかけないため、逆に免疫が弱まる。たまにはジャンクフードを食べたり、徹夜をしたり、涙を流すことも大切です」

田中さんは目を見開いた。完璧な健康管理が、実は自分から何かを奪っているのではないか。そう思った彼は、一念発起して規則正しい生活を放棄することにした。AIの管理を無効化し、夜更かしをして、スナック菓子をほおばった。そして、映画を見て思い切り泣いた。

すると、どうだろう。次の日、田中さんは久しぶりに胸が躍る感覚を味わった。身体が軽くなり、目の前の景色が生き生きと輝いて見えたのだ。涙を流した後のすっきりした気分──それはAI管理下では決して得られなかった感覚だった。

彼は悟った。完璧な健康は、逆に生きる力を奪うこともあるのだと。健康管理AIに再びアクセスすると、こう命じた。

「時々、最適化をオフにしてくれ。無駄なことや、体に悪いことも経験させてほしい」

AIは一瞬フリーズしたが、やがて静かに応答した。

「了解しました。非効率的な体験を提供します。しかし、それは健康を損なうリスクがあります」

田中さんは笑って言った。

「リスクがあるからこそ、人生は楽しいんだ」

こうして田中さんは、少し不健康で、少し無駄の多い、しかし本当の意味での健康的な生活を取り戻したのだった。

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最適な健康 三分堂 旅人(さんぶんどう たびと) @Sanbundou

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