第4話 脱国

 声の元へ恐る恐る近づくと、檻に閉じ込められた一人の男が現れた。


「やっときたか」


 男は俺より少し年上に見えた。黒髪に浅黒い肌。濃い眉毛が凛々しい目元を飾っていて、服はくたびれた迷彩柄のズボンを履き、上半身は白のTシャツ。鍛え上げられた肉体が浮き彫りになっている。爽やかな軍人という印象のエイジャ人だった。


「あんたが、アシハラのパイロットか」


「そうだ。名前は轟(とどろき)。あんたは?」


「ウォルター」


「あれ、樂秋(ラオチュウ)の出身じゃないのか」


 轟と名乗った男は、おそらく俺の髪と肌を見て、同じエイジャの人間だと思ったのだろう。

 黙って首を横に振る。


「そうか。で、さっき話してたもう一人は誰だ」


「俺か?」


 マッチボックスが震える。


「ああ、なるほど。電話の向こうにいるのか」


「あ、いや。こいつはA…」


「そうだ、電話中さ。俺のことは、HALと呼んでくれ」


 強烈なバイブが手で振動し、ディスプレイには「SHUT IT(黙ってろ)」と表示されている。


「ウォルターとHALか。了解した」


 檻の中で轟が立ち上がる。背が高い。俺は自然と轟を見上げる形になる。


「では早速だが本題に入ろう。俺をここから出してくれ。そうすればお前らを安全な場所に運んでやる」


「いやいやいやいや」


 俺は檻から数歩離れる。


「信用できない」


「どうしてだ。あんたはバルニバービと敵対してるんだろ?俺もさ。敵の敵は味方。ここは協力しよう」


 轟が檻を掴んでこちらに手を差し伸べてきた。


「お前が味方だという証拠はあるのか?」


 HALの問いに轟は黙って胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。

 それは小さなペンダントだった。

 轟がペンダントの側面を押すと、中から突起が伸びてきて、鍵の形になる。そのペンダントを首から外し、裏返す。


「見ろ。これはアシハラの徽章だ。つまり、バルニバービと樂秋の敵、アシハラの人間だってことだ。そしてこれは俺の相棒のキーだ。相棒はこの船のコンテナの中に収容されている。そいつに乗れたら、アシハラまで運んでやる」


「相棒ってなんだ」


「ソードフィッシュ、戦闘機さ」


「OK。タイム!」


 HALがそう叫ぶと、俺たちはコンテナの隅に移動する。


「あの男の話をどう思う?」


「あれがアシハラのシンボルってのは事実だ。それに、あの弱小国家は未だに旧時代の兵器を使ってる。物理キーを差し込んで、人間が乗り込むアンティークを、後生大事に今も使ってるとしても、違和感はない」


「じゃあ、あいつの戦闘機がどこかに格納されてるってのも本当か?」


「おそらくな。どこかに積み荷の目録が保存されていれば見れるんだが。流石に有線じゃないときついが」


 辺りを見渡すと、壁に小さなアクセスポイントが見つかった。

 俺はネックレスに手をかける。ぱちりと外すと、一本のケーブルに変わり、その端子をマッチボックスに挿し、もう一方をアクセスポイントの端子に接続する。


「これでどうだ」


「OK。辞書攻撃でIDPWを探るから待ってろ」


 マッチボックスの画面に無数のID候補が表示される。どれも、バルニバービ社のID体系に沿ったものだ。


「どうせなら、管理者権限で、お、これならいけそうだ」


 今度は無数の文字列が表示される。二分ほどしたとき、HALが振動した。


「ビンゴ!船舶のローカルサーバにアクセスできた。今日の積み荷はこれだ」


 画面上に積み荷の目録が表示される。ほとんどがオルタナシリーズの武装だ。


「これは?」


 見ると「Hostage : 1, Gunship : 1」、人質と正体不明のガンシップが一つずつ積まれていると書いてある。


「あー、多分これがあのパイロットとその船だ。やはり嘘じゃないらしいな」


「ついでに船の進路を変えてダーウェイに戻れないのか?」


「そいつは無理だな。目的地は中央制御されてるんで、こっちからは操作できない」


 そう簡単にはいかないらしい。

 仕方がないのでリストに視線を戻す。人質はコンテナ1に、戦闘機はコンテナ8に積まれているらしい。


 俺たちは轟の元に戻った。


「協力する気になったか?」


「どうかな。それより、仮に戦闘機を見つけたとして、どうやって飛ぶんだ?」


「水上から離陸できるから、何とか機体を海に落とせればいい」


「なら甲板にあったクレーンを使うしかねえな」


 HALの言葉に轟がうなずく。


「よし、そうと決まれば早速出発だ。そこのパネルから解錠してくれ」


 轟は檻の傍にあるタッチパネルを指差す。


「あんた、そもそもなんでここに閉じ込められてるんだ?」


「少し前に戦闘中、機体がエンストして捕虜にされた。そっからずっと監禁されて、なぜか今日、ここに積み込まれた。後のことは何も知らん」


 どこか胡散臭さが残るが背に腹は代えられない。俺はタッチパネルに近づき、錠前のマークをタップした。

 赤い画面が緑色に変わり、ガチャリという音が響く。

 轟は中から格子を押し開けた。


「よし、じゃあ行くぞ」


 轟はすぐにコンテナの扉に近づくと、慎重に外の様子を伺った。


「まずい、ドローンが一機いる」


 俺は轟の傍により、外を窺う。そこにいたのは例のパピヨン、識別子Pappilon1のドローンだった。


「あ、こいつは大丈夫」


 俺がパピヨンに手を振ると、ゆっくりと近づいてきた。


「あんた、何者?」


「わけありでね」


「まあいい、ソードフィッシュはどこだ」


「8番コンテナ、今いるのは1番コンテナらしい」


 轟が慎重に身を屈めながら外に出る。俺もそれに続く。

 コンテナ側面には大きく1と書かれている。


「よし。俺はソードフィッシュを外に出す。あんたらはクレーンに向かってくれ」


 轟はそういうと素早く甲板の奥へ消えた。

 俺たちは甲板の端に立つ、クレーンに向かった。


「クレーン動かすんだもんな。さすがにバレるか」


「ああ、さすがにな」


 俺たちがクレーンの操作盤に着いた瞬間、警報が鳴り響いた。

 甲板には轟と、ボロボロの戦闘機の姿が現れる。

 ソードフィッシュという戦闘機は、小型の二人乗り飛行機だった。長方形の本体に、左右の羽がぺったりと張り付くように折りたたまれている。

 轟は親指を立てるとコックピットに乗り込んだ。すると、折りたたまれていた羽が垂直に持ち上がり、そのまま左右にぱたりと広がる。


「ぼさっとするな、急げ!」


 俺は急いで操作盤のレバーを握り、クレーンを動かす。昔ゲームセンターで遊んだゲームのようだった。

 幸い、アームは上手くソードフィッシュの胴体を掴んだ。そのまま慎重に海上に持ち上げワイヤーを降ろす。飛行機が甲板の下に隠れた辺りでアームを離した。


「よし、走れ!パピヨンが来てる」


「イイイイイリリリリリリリリ!」


 クレーンの操作室から出ると、コンテナの一つが開き、中から数基のパピヨンが飛び出してきた。センサーはどれも真っ赤に点灯している。


「やばい」


 銃声が響き、俺の周囲の甲板が火花を散らす。あわててコンテナの陰に隠れる。


「リリリリリ!」


 だがその時、俺の背後でPappilon1がセンサーを赤く光らせ中空に躍り出た。

 そのまま敵機に向かって機銃を掃射し、追跡してきたパピヨンが爆発する。


「そうか!向こうはこいつを敵だと思ってない」


 Pappilon1は次々と無抵抗な味方ドローンを沈めていく。


「いいぞ!」


 だが不意に、Pappilon1が銃を撃つのをやめた。


「なんでだ!?」


「弾切れだ」


 Pappilon1がこちらに戻ってくる。だが敵機はまだ何機も残っていた。


「仕方ない、コンテナの陰に隠れながら戦闘機を目指すぞ」


 HALがそういった瞬間、俺たちの背後で巨大な気配が動いた。

 振り返ると、大空に向かって飛翔するソードフィッシュの姿があった。


「嘘だろ!裏切り者!」


 ソードフィッシュは俺たちを置いて船から離れていく。

 終わった。


 目の前が真っ暗になる。


「イイイイイリリリリリリリリ!」


 パピヨンが迫ってきた。


「ウォルター!逃げろ!動け!」


 HALの声が遠い。逃げても無駄だ。ならいっそここで…


「ズガガガガガガ!」


 その時、激しい銃声が響いた。


 それと同時にパピヨンが撃墜され、目の前の空を一機の飛行機が駆けていく。


「あいつ逃げたんじゃなかったのか」


 ソードフィッシュは甲板の上空を細かく八の字に飛行し、パピヨンの群れが次々と撃ち抜かれていく。


「大した腕だ」


 パピヨンが殲滅された時、ソードフィッシュが船の傍に着水した。

 甲板から見下ろすと、コックピットのガラスがスライドして、中の轟が手を振った。


「跳べ!また次が来る」


「イイイイイリリリリリリリリ」


 時間がなかった。

 俺は、隣のPappilon1をえいやと掴み、一緒に海にダイブする。


「ドボン」


 浮上した俺はソードフィッシュの羽根によじ登り、轟の後ろの席に座った。


「狭くてわりいな。上、引っ張って閉めてくれ」


 そう言いながらエンジンが始動し、羽根に取り付けられたエンジンが唸り始める。


「飛ぶぜ」


 機体が急加速し、身体が座席に打ちつけられる。それと同時に、腹がふわりと妙な感覚に包まれたときには、ソードフィッシュは空を駆けていた。


「ハラショー!」


「よーし!やったぜ!まさかこんなにうまくいくとは」


「イリリリ」


 機内に歓声が響き渡る。


「やった、助かった」


 俺がほっとした時だった。


「おっと、まずい」


 轟が呟く。


「どうした」


「燃料がギリギリだ。最短距離で本島を目指さないとアシハラには着けない」


「舵角なら計算できる」


「いや、ルートは分かってる。ただ、問題は、戦闘空域を一瞬横切るって点だ」


 機内はプロペラ音だけに包まれる。


「見えてきたぞ、あれだ」


 機体の前方、うっすらと遠くに島が見えてきた。


「華島。西部戦線、もとい極東戦線の激戦区だ」


「あれって」


 視界の先、島の上に並ぶ兵器には見覚えがあった。

 細長いシャフト状のボディ。レールマウント上に取り付けられた武装モジュール。そしてその隣に控える小型車両、スカベンジャー。


「オルタナシリーズ…」


「ピーッ!ピーッ!」


 機内に警告音が響き渡る。


「ロックされた。揺れるぞ」


 機体の側面からフレアが散布される。直後、爆発音が響き、機体が揺れる。


「うわぁ!」


「ピーッ!ピーッ!」


「また来る、摑まってろ!」


 機体は再びフレアを展開し、爆風で機体が振動する。


「まずい、フレアが切れた。次はきついぞ…」


「ピーッ!ピーッ!」


 機首が一気に上を向き、曲芸飛行さながらの一回転を披露する、それと同時に機体がぐるぐると錐もみに回り始める。

 急上昇急降下。全身を襲う重力の衝撃で、視界の端が暗くなっていき、俺は気を失っていった。

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追放された兵器エンジニア、最弱国家の女王と下剋上して世界を獲る 海原文糺 @osakanasan_kaniebi

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