第3話 密航

 これはマズイ。

 俺は咄嗟にマッチボックスを胸の前に抱き抱える。

 直後、全身を激しい衝撃が包み込み、水飛沫をあげて俺の身体は海に落ちた。


「バシャッ!」


 痛い。全身が岩に叩きつけられたようだ。肺の空気がごぼりと漏れる。

 全身が冷たい。身体が動かない。鼻を突き刺すような刺激が襲う。

 

「UP!!!!!(上がれ!!!!)」


 HALが画面を緑と黒に明滅させながら警告を鳴らした。バイブレーションで震える本体を握りしめ、海面の光を目指して両足を必死にかいた。


「っぱはぁ!」


 新鮮な空気が肺に満たされる。


「上出来だ」


 ノイズ混じりの声が響く。


「でもどうする?上がる場所がない」


 コンクリート港は遥か高みだ。岸壁を上がろうにも取っ掛かりがない。


「直に救助が来る」


「救助?本当か?」


 その時、聞き覚えのある駆動音が響いた。


「イイイリリリリ」


「我らが友、識別子Pappilon1だ。識別子Target2の助けに来てくれたぞ」


 まさかALLYへの書き換えがこんな風に役立つとは。


「リリリリ」


 水面まで降下して来たパピヨンに手を伸ばす。握る場所がないので仕方なく機銃のバレルを掴んだ。


「イイイイリリリリ」


 パピヨンが浮上し、両足が海から離れた。全身の重たさに驚く。


「なんとかなった」


 安堵して港の上に身体が浮かび上がった時、ダーウェイ中央駅の惨状が見えた。


「これは、」


 目の前は火の海だった。塔のような駅舎からは、同じくらい大きな火柱が何本も立ち、モノレールは中空でぐにゃりと折れ曲がって燃えている。


「誰かは知らんが、ずいぶん派手にやったな」


「イイイイリリリリ」


 その時、頭上のパピヨンのセンサーが青色に変わった。

 青色の意味は、帰投モードだ。


「帰投指令が降りたんだ。最寄りのチャージスポットに帰投するはずだけど、それってどこだ」


 パピヨンが旋回し、港に背を向ける。その先、視界に飛び込んできたのは、


「バルニバービの輸送船…」


 バルニバービのロゴ入りのコンテナが無数に積まれた貨物船に接近したパピヨンは、甲板上空に到着するとゆっくりと降下した。

 バレルから手を離し、甲板に着地する。全身の海水が足元を濡らした。


「どうすりゃいい。俺たちを消そうとしてたのは多分、バルニバービだよな」


「ああ。とにかく今見つかるのはマズい。適当なコンテナに隠れるんだ」


  HALのアドバイス通り、手近なコンテナを開けて、中に滑り込んだ。

 扉を閉めると中は真っ暗でうすら寒く、濡れた全身が冷え始める。


「000000000000」


 ディスプレイに無数の0が浮かび上がり、緑色の頼りない光が先をか細く照らす。

 目の前に浮かび上がったのは、武装モジュールの梱包用金属フレームだった。


「機器名称、Alta-04-chaingun…」


「おっと、こいつぁ…」


「オルタナシリーズ。この時期にオルタナをエイジャから発送…まさか、極東戦線!」


 極東戦線。

 エイジャ最大国家の樂秋(ラオチュウ)と海を挟んだ隣国のアシハラ。その二カ国が現在武力衝突している。

 バルニバービのエイジャ支部は、樂秋を主たる顧客としてビジネスを展開している。

 先日のミーティングで、ついに樂秋がオルタナシリーズを契約することが決まり、戦線の華島に配備されると聞いていた。


「この船は、アシハラの華島に向かっている可能性が高い。どうする?着岸と同時に逃げるか」


 HALの波形が緑色に弾む。


「でも逃げた先はエイジャ最大の戦闘区域だぞ。危険すぎる。それに巡回するバルニバービに見つかれば殺される」


「じゃあなんだ、今すぐ海に飛び込むか?」


「そんなの無理だ。ダーウェイに戻ろうにも、とっくに泳いで戻れない距離まで来てる」


 万事休す。その言葉が脳裏をよぎった時だった。


「おーい。相談は済んだか?」


 男の声だった。


「聞いたか?」


 HALが無音のまま、バイブを短く鳴らす。


「おいおい、無視すんなよ。こっちだ。来てくれ」


 再びバイブが振動し、画面に文字が表示される。


「IF {“the Voice”} = Balnibarbi

DIE (us)

(声がバルニバービの奴なら俺らは死ぬぞ)」


「安心しろ、俺はバルニバービの人間じゃない。それに、この船は無人船らしい」


 マッチボックスを見ているかのようにして、声の主は答えた。


「なら、誰だ」


「アシハラのパイロットだ。俺がお前らを助けてやる」

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