第3話 最初の生徒、イヴ

 騒動は一段落して、ギルド内にもいつもの雰囲気が戻ってきた。

 テイガーに同調していた他の冒険者も嵐が過ぎ去ったとばかりに、依頼や魔物の話を始めている。

 そんな中でサトリアは、床に落ちた金貨袋を拾った女を連れて、俺のいる席へと戻ってきた。


「ありがとうございますエンディさん……でも、もうちょっと早く助けてくれても良かったんじゃないですか?」

「別に助けてねえがな。見ていたら因縁付けられそうになったから答えただけだ。つーか、そもそもギルド内のことはギルドで解決しろよ。まあ、仲裁料を払うなら引き受けるがな」

「……本当に何でもお金ですね」


 ジト目を向けるサトリアを無視して、俺は女に目を向ける。

 真っ白な髪に整った顔立ち。地球なら驚くほどの美人だが、この世界の容姿は総じて高いから、ずば抜けている、とはならない。


 身長はやや高くて、装備は軽量の鎧。速度型の剣士の可能性が高い。

 女の装備を見つつ分析をした後で、俺は前の席を目で示した。


「まあ、座れよ」

「……はい」


 返事をして、俺の方をチラチラと見ながら女は着席する。

 サトリアも先ほどまで座っていた席に腰を下ろした。


「お前、名前は?」

「イヴ……と申します」

「……イヴ? 家名は?」


 名前のみの返答だったので尋ねると、答えはサトリアがくれた。


「イヴさんは記憶喪失で、一月ほど前にこの街に来たんです」

「記憶喪失だぁ?」

「本当ですよ、私が確認をしましたので。半年前、気づいたらカーネリア領で倒れていたそうで、それより以前の記憶がないようです」

「……遠いな」


 カーネリア領はエステルの街から領地を一つ挟んだ先だ。


「その後、兵士試験を受けるも不合格。そして冒険者になって……色々上手くいかなくてここまで流れてきたようです」

「たった半年でか? それだけ聞くと、だいぶ問題児だが」

「言い過ぎですよエンディさん」

「いえ……事実ですので……」


 サトリアは俺を注意してきたが、イヴという名前の女はその評価を受け入れているようだ。

「そんなことは」と呟いてイヴを悲痛な面持ちで見たサトリアは、俺の方へ視線を戻す。


「本当はテイガーさんではなく、エンディさんに任せるつもりだったんですけど、丁度顔を見なくなった時期でしたので」

「ああ、そりゃああれだ。教室の配置や住居の家具とか決めたりしてたからな」


 丁度イッテツさんと色々話をしたり、必要なものを買っていた頃の筈だ。


「ところで、あのテイガーってのは?」

「このギルドだと比較的古参の方です。現在四級冒険者ですが、四級の中でも中の上くらいの実力者です」

「へえ、駆け出しや初心者が多いこの街ではかなり強い方だな。……で、お前は?」


 イヴに尋ねると、彼女はサトリアを見た後に、俺を見て口を開いた。


「つい先日、六級に上がりました」

「二級の差か、結構あるな」

「あの……あなたは……?」


 イヴに問われ、そういえばまだ名前を言っていないことに気づいた。


「ああ、遅れたな。俺はエンディ・スカイグラス。冒険者の等級は二級だ。まあ、実力は準二級レベルだがな」

「スカイ……グラス……」


 珍しい名前だからか、俺が勝手に付けた家名を復唱するイヴ。

 横では、サトリアが「あー」と間抜けな声を上げていた。


「エンディさんの家名って珍しいというか、全然聞かないですよね。セイランの家名でもなさそうですし」


 まあ、元々は日本の苗字から取っただけだしな、と心の中で答える。

 俺の母方の苗字が「天草」だった。だからスカイグラスとかいう単純な家名にしただけだ。

 もっと言うと俺の苗字は「遠藤」なので、それを少し変えてエンディという名前にしているだけだったりする。


「二級冒険者……す、すごい方だったんですね。あの……その……私とパーティを組んで頂けるんですか?」


 転生に関係する前の世界の名前については誰にも話せないなぁ、なんてことを思っていると、不意にイヴが聞いてきた。

 俺は首を横に振る。


「いや、俺はソロだから誰とも組まない。ただ……お前の強さには少し興味がある」

「え? エンディさん、イヴさんの面倒を見てくれるんですか!?」

「うるせえぞサトリア。まだ強さを見たいだけだ」


 なぜかイヴ以上に喜ぶサトリアに釘を刺したときだった。


「私は弱いですが……どうぞ」


 イヴから差し出されたのは、半透明のプレートだった。

 冒険者が持つ、基本情報や技能の熟練度が書かれたステータスプレートと呼ばれるものだ。


「イ、イヴさん!? ステータスプレートというのは極秘にするべきものなんですよ!?」

「……? そう、なのですか?」

「いや、別にいい。このほうが早い」


 プレートを差し出す感性はどうかと思うものの、確認が手っ取り早いのは事実。

 イヴの手からプレートをひったくり、そこに目を走らせた。


「あぁ! エンディさん、ダメですって! イヴさんに悪いことを教えてどうするんですか!」

(やっぱり魔法系統に関してはさっぱりだが、剣に関しては悪くなさそうだ……それに、少し予感もするな)


 サトリアの言葉を無視して、俺はイヴに問いかける。


「お前、武器は剣だな? 魔法よりも剣を中心に使うタイプ、でいいか?」

「は、はい」

「もうっ、エンディさん! イヴさんに返してください!」


 質問の途中でサトリアにプレートをひったくられたので、何て手癖の悪いやつだ、と内心で文句を言っておいた。

 サトリアはイヴにプレートを返したのちに、俺に強く注意してくる。


「これからはイヴさんに聞いてください! プレートは見ない!」

「あー、はいはい、悪うございましたぁ」

「あなたという人は……」


 サトリアが拳を震わせるが、受付嬢程度の拳など楽に避けられるし、当たったところで痛くもかゆくもない。


「あの……私は、合格でしょうか?」

「は?」


 突然の問いかけに、俺は思わず聞き返した。

 これが教室の生徒になる試験だということはまだ説明もしていない筈だが。

 首を傾げているのが伝わったのか、イヴは言葉を続ける。


「いえ、今までのパーティによっては、入る際に合格不合格の試験がありましたので」

「イ、イヴさん? な、なんですかそれ?」

「え? ……ステータスや、時には顔で合格、と言われたこともありましたが」


 イヴの答えに、サトリアは頭を抱えた。


「イヴさん、よく聞いてください。パーティを組むかどうかは任意です。強者達のパーティでは試験もあるかもしれません。ですがイヴさんくらいの階級で試験というのは……しかも顔だなんて……」

「冒険者に顔は関係ねえだろ」


 思ったことを口にすれば、イヴは目線を落とした。


「そう……だったんですね。すみません、私何も知らなくて……」

「いえ、こちらこそ気づけなくて済みませんでした。まさかそんなことを……」

「……こりゃ、指導するよりも先に常識かもなぁ」


 遠い目をして呟けば、それを耳ざとく拾ったサトリアがすごい勢いで俺の方を見た。


「え? イヴさんを生徒にするんですか!?」

「……まあなあ」


 曖昧に言葉を濁してギルド内を見渡す。

 既に殆どの冒険者はパーティを組んでいることが多い。

 もし一人を指導すれば、他のパーティメンバーとの絡みもできるだろう。

 下手したら、余計な茶々も入るかもしれない。


 その一方で、イヴはついさっき追放されて誰ともパーティを組んでいない。

 また、カーネリアという遠方から一人でここまで来て、その間に大きな怪我もしていないように見える。

 なにより、さっきテイガーに金貨袋を押し付けられた時の様子。


(今のところ、こいつが一番、都合が良いんだよなぁ……)


 不安要素はいくつかあるものの、現状、彼女以上に合った人材がいないのも事実。

 色々と考えた結果、俺は心を決めた。


「よし……イヴ、お前は合格だ。俺の教室で授業を受けろ」

「じゅ……ぎょう? ですか?」

「ああ、俺がお前に色々教えてやる。強くなる方法も、冒険者としてのやっていき方もな」


 まだ言葉を完全に受け入れきれていないのか、イヴは少しだけ目を見開いていた。


「うーん、エンディさんの怪しい教室の生徒にイヴさんが……ですか。でも任せるならエンディさんは実力的にはそこまで悪くないし……」

「お前、さっきまで面倒見て欲しいって言ってたじゃねえか」

「いや、よくよく考えるとこんな守銭奴に純粋無垢なイヴさんを任せていいのかと……」

「言葉を選べって言ったよな?」


 そろそろこいつの頭にげんこつでも落としてやろうか、と拳を握りしめた。


「あ、あの……あなたの指導を受ければ……私は人の助けになれますか?」

「あ? なんだそりゃ? 誰かを守れるかってことか? そんなもん強くなるんだからなれるだろ」


 よく分からなかったが思ったことを口にすると、イヴは自分の胸の前に手を持ってきて、強く握りしめた。


「受けます……受けさせてください」

「よし、じゃあ今から俺のことは先生と呼べ。いいな?」

「はい、分かりました先生。よろしくお願いいたします」


 少しだけ懐かしい気持ちを感じ、俺はニヤリと笑ってイヴに頷いた。

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転生凡人の英雄作成教室~冒険者として限界を迎えた俺、仕方なく今後のための金稼ぎ目的で田舎に教室開いたら、教え子が最強になった~ 紗沙 @writer-sasha

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