激突! ぶつかりおじさん
まさつき
激突! ぶつかりおじさん
湯気を立てる唐揚げに、前置きなくレモンを絞る女子社員の姿は、営業課チーフの
面倒な仕事が一段落し、権藤は部下の
上気した艶っぽい口元から、美月が奇妙な話題を口にした。
「そういえばさっき、『ぶつかりおじさん』みたいなのに会ったんですよ」
「ぶつかりおじさん? なんだっけそれ」
「ほら、コロナ前とかに話題になった痴漢? あーいうのなんですけど」
「へえ……まだいるんだ。もしかして、美月さんぶつかられたの?」
「いや、そんなんじゃなくて」
グラスを軽く振って、権藤は話の先を促した。
「すっごいヘンで……おじさん同士でぶつかってたんですよ」
権藤の眼が細く、鋭くなる。
「おじさん同士……なるほど」
「それでですね、最初向かい合ったまま睨み合って。時代劇の決闘シーンみたいな? 10メートルぐらいの距離から、こう視線がバチバチーッて当たったかと思うと、いっせいに走り寄って」
「それ、ぶつかりじゃなくてもはや激突おじさんて感じだった?」
「えー、先輩よく分かりますね」
美月の話を聞いてから、権藤はひとつの疑念を抱いていた。激突の様子を聞いて、疑念は確信に変わったようだ。
「で、一人がばーんと弾き飛ばされて、ゴミ箱の中突っ込んじゃって。箱から飛び出した足がぴくぴくしてるんですけど、それ見て残ったほうのおじさんが『ふっ、出直してくるんだな』とか言って」
「どこで見たんだい?」
「駅前の広場で」
権藤の目の色が変わった。
「もしかしてさ、まだいるかな?」
「どうかなあ、いても相手する人がいないんじゃないですか?」
「とりあえず、見に行ってみよう」
「えーっ、私飲み足りなあいぃ」
「ほらほら、それならもう一件行くついでに寄るってことでさ」
もはや権藤に確かめない理由はなかった。
伝票をひっつかみ、足早にレジへと向かう。
慌てて美月が後を追った。
権藤の背中で美月の唇が妖しく笑んだ。
§
「まだいた……権藤先輩いましたよ、ほらほら、あの人」
駅前の広場で男が禿頭を光らせていた。吊るしの背広から漏れる殺気に気づかぬ者には、懐の寒そうなうらぶれた中年会社員でしかない。
「あいつか……姿かたちを装っても、殺気が駄々洩れではね」
言いながら権藤はスーツの上衣を脱いで美月に手渡した。身に受ける猛る殺気をそよ風にも感じぬようにして、禿頭の男に歩み寄っていく。
気づいた男が権藤を睨み、吼えた。
「ほう、次は貴様かっ!」
「俺に用かい、おっさん」
「貴様っ、介添人の女が連れてきたということは、
「まあね、こっちも探してたんだぜ……て、美月さんが介添人?!」
「てへへ」と笑いながら、美月は悪戯っぽく舌を出す。まったく、一杯食わされるとはこのことだと権藤は苦く笑い、禿頭に告げた。
「西のぶつかりおじさん王者が、東京まで出張ってくるとはね」
「なあに、西にはもう某の相手となる者はおらんのでな」
「やれやれ、東も舐められたもんだぜ」
10メートル置いて権藤と禿頭が対峙する。二人の周りを遠巻きにして、行き交う人々が何事かと足を止めた。
秋風が吹き抜ける。
木の葉が舞った。
かさりと、落ち葉のかすれる音がする。
それが合図だった。
「けああああっ」「おおおおおうっ」
化鳥の如き雄叫びを上げて走り出し、二人の中年がぶつかり合う!
一瞬で、勝負はついた。
禿頭が轟音を立てて跳ね飛ばされ、ゴミ箱の群れに頭から突っ込んだ。
だが、数瞬の間に数合体をぶつけ合う達人の域を越えた試合であったと、誰が知ろうか。
「西の王者ね……口ほどにもない」
ゴミ箱から突き出た禿頭の両足を、権藤は退屈な目をして眺めていた。
「さすがだな……これで貴様は東西の……」
がくりと、禿頭の足がうなだれた。
「すごいすごい! 大丈夫ですか、先輩っ」
仁王立ちする権藤に美月が駆け寄った。
権藤は眼だけを動かし美月を睨めた 。
「キミが介添人とはね……人の悪い部下を持ったもんだ」
「えへへー、権藤先輩のこと、入社のときから目をつけてたんですよ」
「会社の仕事は頼りないけど、おじさんの目利きはピカイチってことか」
「先輩、オーラ違うんで」
「そりゃまあ、俺は東の王者だしな」
「これで、国中のぶつかりおじさんが東京にやってきますよ」
「美月さんが連れてくるんだろ?」
「それが私のお役目ですから。北からも南からも、じゃんじゃん連れてきますよ」
「やれやれ……のんびり営業職ってわけにもいかないか」
「がんばってくださいね、東西統一王者!」
それから毎晩、駅前広場で激しい勝負を繰り広げるぶつかりおじさん東西統一王者こと
歴史の影に隠された日本古来の殺人武術、ぶつかりおじさん道。だが、その歴史を語るのはまた別の物語――。
激突! ぶつかりおじさん まさつき @masatsuki
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