第8話:それぞれの敵、あるいは味方

「〈学園〉の見学会……ですか」

「ええ。新しく支部が出来たのよ。訓練期間を終えて。最近。昇格したの」


 リオの釈放から、一ヶ月が過ぎた。

 無用な混乱を防ぐために、知るのは上層部、及びレンカとソラエのみである。


 任務は二人のうち、必ずどちらかとバディを組むし、〈学園〉では職員の誰かがそれとなく見張りについている。


 ただし、右腕を接合手術したばかりのソラエがまだ本調子ではないため、彼女と組むのはレンカが出払った場合の、簡単なパトロールくらいだ。


「私が呼ばれたのは、なにか理由があるのでしょうか。自分で言うのもなんですが、危険だと思うのですが」


 最近出来たということは、生徒も新人だろう。

 もしリオが暴れたとき、対処が大変そうだ。別に暴れるつもりはないが。


「それが。あなたもよく知っている人の。ご指名よ」


 つばさの表情の機微きびを感じ取れるようになってきたリオは、彼女が微笑んでいることに気づく。


阿久津あくつマリヤ。あなたの育ての親よ」


「先生ですか……!」

 リオは歓喜の声を上げた。


「あの子。指導者としては優秀でね。先生は先生でも。関東第十五支部の支部長。

 ──校長先生になったの」


 呼ばれた理由にも納得し、感慨にふける。


「しかし、先生は私の体のことを、ご存じでしたよね?」


 変わり果てた自身をかんがみて、ふと冷静になる。


「そうね。その辺りも含め。あなたと話がしたいんじゃないかしら」


 彼女は悲しむだろうか。

 優しい先生のことだから、慰めてくれるだろうな。


 恩師に再会できる喜びと申し訳なさで、リオの内心は複雑であった。


「できれば、立派になった姿を見せたかった」


 誰に向けるでもなく、独りごちる。


「阿久津リオ……大丈夫よ。あの人は。あなたを嫌ったりしないわ」


 つばさはどこまでも温かく、リオを励ます。


「私の知るあの子は。他者への思いやりに。満ちていたもの」

「以前から思っていましたが、お知り合いなのですか?」

 どうも、人物像を見知った口ぶりである。


「昔の同僚。〈学園〉的に言うと。同級生ね。チームを組んだこともあるわ。

 三人一組スリーマンセルだったの。ちょうど。あなたとレンカとソラエのようにね」

「三人一組……もうひとりは今どちらに?」


 しばし、懐かしむように、いたむように沈黙したのち、つばさはこう言った。


「──死んだわ。〈端末人間〉に食べられて」


 ◆


「なんだ、レンカも一緒なのか」

「なんだとはご挨拶ね。あんたを心配して、ついて来てあげたんだからね」


 また誘拐でもされちゃ堪んないわよ、と川畠かわばたレンカはぶっきらぼうに、ふた房に纏めた紫色のおさげを揺らす。


 はっきり言って、見張り以外の何者でもないのだが、彼女の言葉に嘘はない。


 県境を跨いだ第十五支部まで、電車を何本も乗り継ぐ。

 だんだん乗客の数が減っていき、席に余裕で座れるようになった頃で、ようやく目的の駅に着いた。


「お待ちしてました。阿久津さん、川畠さん」


 駅を出るなり、水色の瞳で、蒼いショートボブの少女に呼びかけられる。

 凛としてよく通る、武人然とした声だ。


「わざわざ、迎えに来てくれたんですか? ええと……」


「──渡部わたべルイです、ルイで構いません」

「では、我々もリオと」「レンカよ、よろしくね」


 もうタメ口のレンカである。

 良くも悪くも、彼女は初対面の相手にも物怖じしない。誰ともすぐに距離が縮められるのは、潜入には役立つ技能ではある。


 ちなみに当人も気づいてないが、軽口を叩くのはリオに対してだけだ。


「よろしくお願いします。送迎用のお車がこちらに」


 駐車場に案内され、促されるまま黒の乗用車に乗り込む。

 運転手は〈学園〉の職員で、任務での移動手段にも使われる。


 ルイが助手席に、リオとレンカは後部座席に座った。

 住宅街を離れ、しばらくして、山の上に建てられた第十五支部に到着する。


 専用駐車場に車を停めて、正門に向かう。

 各地〈学園〉は背の高い柵で囲まれており、無断侵入すれば警報が鳴る。


 ちょっとした軍事基地並みのセキュリティである。

 あくまで学業施設のカモフラージュのために、有刺鉄線こそ付いていないが。


 人の出入りが可能なのも、正門と裏門の二箇所のみだ。

 万が一、不審者が入ってきた場合、〈端末人間〉と区別がつかないので、誤って殺害するのを避けるためでもある。


「リオ、忘れ物してないわよね?」

「お前は私のオカンか」


 学生証──もとい組織の身分証明書を守衛に提示する。

 読み取り機器でICチップがスキャンされ、ようやく入場の許可が下りた。


「お姉ちゃーーーーーーん!!」


「ちょ、ちょ! いきなりなに?」

 敷地内に入るなり、学生服姿の少女がレンカに抱き着いてきた。

 ダッシュで。


 あまりの不意打ちに、いつも毅然きぜんとした態度の彼女もおろおろしている。


「やーーーーーーっと会えたね! お姉ちゃん!」

「さっきからお姉ちゃんって何の事! あたし、一人っ子なんだけど!」


「あっ、そっか。そこから説明するね。わたしたちは、生き別れの姉妹なんだよ!」

「へえ、生き別れの姉妹だったのね。って、そんなすぐ納得するかぁ!」


 ベタなリアクションで絶叫するレンカに、リオが肩をすくめる。


「レンカ、妹がいたのか」

「あたしも初耳なんですけど!?」


 一旦、離れてもらい、レンカは自称妹の容姿をじっくりと観察する。


 紫色の髪に、桃色の瞳。ミディアムヘアにはゆるふわ系ウェーブこそかかっているものの、「言われてみれば……」と唸っている。


「わたし、川畠トモカって言います! お姉ちゃんの双子の妹です!」


 遅めの自己紹介を終え、彼女はぺこりと頭を下げた。


「ルイちゃん、ちょっとお姉ちゃん借りるね! 大事な話があるの!」

「まあ、いいですけど。どうせ、止めても聞かないでしょうし」


 ルイが「はあ」とため息を吐く。

 トモカは姉を中庭のほうに、引っ張って行ってしまった。


「よくあるんですか?」

「はは、お見苦しいところを……トモカちゃんは、ああなると長いので、先に校舎をご案内しましょう」


 持参した上履きに履き替え、こちらですとガイドされる。

 座学用の教室には誰もおらず、閑散かんさんとしていた。


 というか、校内に入ってから、物音ひとつ聞こえない。


「土日だから、ですかね」

「十五支部に昇格するにあたって、建て直したばかりで、多くの生徒たちはまだ旧校舎──訓練所にいるんです」


 訓練所はここから少し離れた場所にあると、ルイは解説してくれた。


「この廊下を真っ直ぐ進んで、右に曲がった部屋が、校長室です」

「せんせ……校長先生もそこに?」

「ええ、いらっしゃいますよ。ですが、まず屋内運動場へお連れします」


 にっこりと微笑んで先導するルイに、リオは素直に従う。


 同じ〈学園〉でも、建物ごとに構造が異なるのだ。

 仮に見取り図のひとつが漏洩ろうえいした場合でも、セキュリティが虚弱にならないようにするためである。


「こちらが運動場です。最新の設備が導入されたジムも併設されています」


「ああ、普通……き、綺麗ですね」


 ラインテープで区切られたコートに、壁には緩衝材。

 運動場の企画は共通なので、真新しいこと以外、めぼしい感想はない。

 ジムもうちにあるし、マシンは年季ものだが。


 ブレザー姿で運動場に立つのは、そこそこ新鮮ではあったが。

 マリヤとの再会をらされて、リオはもどかしく感じていた。


「ふっふっふ、リオさん。そう焦らないでください。

 お見せしたいのは、普通の体育館じゃありませんよ」


 こっちです、と運動場の入口脇にある扉を開く。

 地下へと続く、下り階段が現れた。


「これは……すごい」

「でしょう? 実験的にこの施設に設営された、立体訓練場です」


 広大な地下空間に、一定の間隔でコンテナが並び、ランダムに積み上げられて、迷路を形作っている。


「戦闘は障害物の少ない場所で行えるとも、限りませんからね」

「これだけ広いと、迷子になってしまいそうですね」


 リオが冗談めいて口にする。

 ルイはくすりと笑って、補足を加える。


「構造を完璧に把握しているのは、今のところ私だけです。一応、左右に緊急用の避難スペースはあるのですが」


 壁沿いにコンテナは接触しておらず、怪我人や急病人が出た際に、迅速に担架たんかで運び出せるようになっているらしい。


「先生らしい気配りですね……」

「あれ、説明しましたっけ?」

「いえ、なんとなくそう思っただけで……」


 無意識に、恩師の名が口をついていた。

 リオは恥ずかしくなって、赤くなった顔を背ける。


「『先生』はお優しい人ですからね。でも、少し違います。ここの設計には、私も関わりました」

「ああ、サバゲーとか、お好きだったり?」


 首を横に振って、ルイが否定する。


「私が好きなのは、野生的な狩りハンティングのほうです。

 それと、あなたに嘘をついていました。前もって、謝っておきます」

「前もって? 何の前に?」


 ルイはとんっと一歩跳び、首だけ振り向いてこう告げた。


「あなたが死ぬ前です──情報習得ダウンロード【レイヴン】」


 衣服を巻き込みながら、高温になった細胞が膨張し、

 彼女の背中に漆黒の両翼と、若干斜めに付いたカラスの頭部が形成される。


 黒い羽を散らして羽ばたき、直近のコンテナの上に着地する。

 度肝を抜かれて、リオはすぐには反応できなかった。


「──情報習得ダウンロード【エルク】」


 ワンテンポ遅れて、両足のひづめ跳躍ちょうやくする。

 すでにルイは飛び立って──飛翔ひしょうしており、迷路の中央付近まで進んでいる。


 ふたりは互いに、上着の内ポケットから〈インストーラー〉を取り出した。


情報習得ダウンロード【ランス】」

情報習得ダウンロード【ロングボウ】」


 コンテナ上からリオが、槍を投げつけようと振りかぶる。

 ルイは中空で身をひるがえし、鋼鉄の長弓を彼女に向けた。


「くすくす、頭上の有利を知らないんですか?」


 ルイが不敵に嘲笑あざわらい、背中のカラスの口から吐き出された矢をつがえた。


 カラスの頭部は〈生体矢筒せいたいやづつ〉であり、

 クチバシのやじりと骨のシャフト、黒の矢羽根で構成された特製の矢を、体内から抽出する。


「くっ……」


 槍の投擲とうてきは、失敗に終わった。

 放たれた矢がリオの太ももを抉り、狙いが大きく逸れたためである。


 弓自体は何の仕掛けもないシンプルなものだが、〈端末人間〉の膂力りょりょくで射抜かれる矢の貫通力はすさまじく、足元のコンテナをも突き抜けて床に刺さる。


 敷き詰められたスポーツタイルが砕け、基盤となるコンクリートが剥き出しになっていた。


(この戦い、飛翔を許した時点で、私の……)


 太もものダメージ自体は〈端末人間〉の治癒力を以てすれば浅く、

 すでに血は止まり、傷口も塞がりつつある。


 ただし、このまま上空から射撃され続ければ、ひとたまりもない。

 位置エネルギーの加わった矢は、再生する暇など与えず、リオの肉体を粉々に破壊し尽くすだけだ。


 蹄の跳躍力でなら、あの高度に届くかもしれないが、無防備な状態を撃ってくれと言っているようなものである。


「くすくす、安心してください。そんなに長くは飛べません。私はこのまま、反対側へと降り立たせてもらいます」


 ルイは悪戯いたずらっぽい表情を浮かべ、

 自身を見上げるリオを満足そうにあざけると、宣言通りに、コンテナ群の遥か対岸へと舞い降りた。


「さあ、この『迷路』を抜けて、私の元にたどり着けますか?」

「なんでだ……なんでこんなことするんだ!」


 リオの悲痛な大声が、地下空間に木霊した。

 自分以外の〈端末人間〉が、生徒に紛れ込んでいた。


 一体、誰の差し金なのか、おおよその見当はついている。

 見当がついているから、逆に彼女は困惑する。


「くすくす、そんな目立つ所に立っていたら、いい的ですよ」


 弓矢を引き絞る気配に、リオは慌ててコンテナから飛び降りた。

 こちらの問いかけには答えず、戦闘を継続してくる。


 ルイは一定しておどけた口調だが、はらわたの下でぐつぐつと煮えたぎるような敵意を感じる。


 いっそ逃げるか。そんな考えがリオの脳裏によぎる。

 顔は覚えた。わざわざ相手に有利なフィールドに、付き合う必要はない。


 レンカの様子も気になる。この場は仕切り直せばいい。

 きびすを返したリオの眼前で、地下運動場の入口がガシャン、と閉まった。


「くすくす、その扉は〈インストーラー〉と同硬度の耐熱合金で、しかも強烈な電気が流れています。

 【エルク】のパワーなら強引に破壊できなくもありませんが、果たしてダメージを負った状態で、私から逃げきれますかね?」


 何もかもが渡部ルイの、いや、この場を仕組んだ者の手のひらの上だった。

 リオの【エルク】も、おそらく身体能力実験で〈学園〉側に共有された情報は把握されている。


 圧倒的に不利な条件に、否応いやおうなく付き合わされる。


「レンカ、無事でいてくれよ……」


 覚悟を決めて、ぼそりと呟く。

 もちろん、戦って勝つ覚悟だ、死ぬつもりは毛頭もうとうない。


 弓矢を使う以外、相手の能力は未知数だが──


 ──そういう戦いは、いつものことだ。


(第8話・了、つづく)




【次回予告──】


「ごめんね、お姉ちゃん。今から残酷なこと言うね」

「ほかにも……姉妹がいるの?」

「お姉ちゃん、やっぱりわたしたち、姉妹なんだね」

「ちょ、ちょっと、なにもそこまで……落ち着いて、トモカ」


 噴水の上がる中庭で、レンカは知る。

 本当の自分と、“姉妹”の出自を……。


「あたしは憶えてない過去より、現在を大事にするの!」


次回、『悪魔の双子攻撃は止まらない』


【──毎日夕方18時00分更新!】

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端末人間・改~百合の花束で人狼を殴打する~ 菅田江にるえ @nirue_sudae

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