第7話(後編):これからの話

 セファラたちを退けたリオは、〈学園〉に戻ると、あの夜に起きた全てを、包み隠さず説明した。

 処遇が上層部で審議されるあいだ、彼女は隔離用の独房で一週間、過ごした。


 そして現在──校長室へと呼び出されている。


 両手には〈端末人間〉用のいかつい手枷てかせを付けられ、

 首にも黒いチョーカーを巻かれている。


 もし『情報習得ダウンロード』を行うと、反応して高圧電流が課される。

 なんとも物騒な代物である。


「阿久津リオ。まずは。失礼な対応をお詫びする」


 校長の机を挟んで、二十代後半の女性が立ち上がり、リオに頭を下げた。

 立ち上がっても背は低く、紺のレディーススーツを着た彼女は──有明ありあけつばさ。


 腰まで伸びたクリーム色の長髪、栗色の瞳。


 左目には眼帯。右足は義足である。

 歴戦の功績と才気を称えられ、彼女は若くして、〈学園〉関東第五支部の校長に就いた。


「いえ、顔を上げてください。すぐに殺処分されなかっただけでも、幸運だと思っています。校長先生が憂慮してくださったおかげです」


 リオはかしこまった態度で答えた。


「そう。私だけ座らせてもらうけど。よろしい?」

 足の古傷が痛くて、と付け加える。


「もちろんです。私にはお構いなく、罪人つみびとの身ですから」

「あなたに罪はないわ。〈端末人間〉になった経緯が特殊だし。それに。ソラエの腕を。お友達を。食べなかったのでしょう?」


「それは……そうなのですが」


 微妙に後ろめたい気持ちになった。

 食べようという考えが、よぎらなかったわけではない。


「それ以来。食人衝動はないのよね? こうして。私と向き合って。美味しそうだと感じるかしら」


 つばさの声に抑揚よくようがないせいで、質問というより、まるでブラックジョークのように聞こえる。


「衝動を一度抑えてから、人を食べたいと思ったことはありません」

 リオは事前に供述きょうじゅつした答えと、まったく同じ内容を復唱した。


 独房は面会謝絶であったが、

 ときおり、研究者らしき職員に聞き取り調査を受けていたため、完全に人と接触がなかったわけではない。


「ふむふむ。衝動は消えた。と見るには早計かしら。

 望むなら。輸血用血液を手配しようとも。思ったのだけれど……かえって。逆効果になり兼ねないわね」


 かつて、人間から血を吸いとった吸血鬼の〈端末人間〉が想起された。

 結局は彼女も、ミイラ化した人体を摂取していたのだけれど。


 初犯から一ヶ月以上、リオが見張っている限り、彼女は人肉を口にしていなかった。

 この体は定期的に食人が不可欠、というわけではなさそうだ。


「お気持ちだけ、受け取っておきます」

 愛想笑いを添えて、謝辞しゃじを述べる。


「阿久津リオ。結論を先に言うと──あなたはこの場で釈放される」


 机の引き出しから、二種類の鍵を取り出しながら、つばさは立ち上がった。

 手枷は鍵を刺して、チョーカーはICチップをかざして、ロックを解除する。


 拍子抜けするほどあっさりと、リオは自由の身になった。


「なぜですか?」


 この部屋に至る前に、協議が重ねられたであろうことは分かる。

 だが、これではリオがその気になれば、つばさを殺害可能になってしまう。


「あなたは。意味もなく。暴力を振るったりしないわ」


 心のうちを読んだように、彼女は答える。


「それに。あなたが閉じ込められてるあいだ。お友達がすごかったのよ。

 リオを解放して。酷いことしたら許さないってね」


「レ、レンカの奴……っ!」

 友への感謝と、羞恥しゅうちが入り混じり、リオの頬がほんのり紅潮する。


 相変わらず、つばさの表情は変化に乏しく、声にも起伏はなかったが、

 どことなく微笑んでいる気がした。


「釈放と言っても。当然。監視はつきます。経過観察に近いかしら。

 血液の採取や。身体能力テストにも。協力が条件よ」


「そのくらいなら、お安い御用です」


 交換条件にしては、破格の待遇だろう。

 個人的にも【エルク】がどんな能力か試せるのは、有難い申し出だった。


「ところで。阿久津リオたちが。あの夜遭遇した。〈端末人間〉についてなのだけど」

「はい、〈改造された端末人間〉ですね」


 動植物の力を使うのが通例だった奴らが、その範疇はんちゅうを逸脱してきた。


 人体側の情報を逆に動植物に反映、さらに本体にフィードバックする『情報転送トランスファー』。

 ロティの強引な肉体の高速再生、及び過剰再生。


 明らかに、なんらかの手が加えられている。


「いるわね。確実に。彼女たちを裏で操っている──内通者が」


 ひと通り、リオの説明を聞き終えたつばさは、レンカやソラエの証言とも照らし合わせて、そう結論付けた。


「組織の中に、真の敵がいるんですか?」

「ええ。〈インストーラー〉の情報も筒抜けだったし。可能性は高いわね」


「阿久津リオ。あなたの解放は。その内通者への対策でもあるのよ」

「私としても、喜んで協力させていただきます」


 自分をこんな体にしたセファラを追う。

 捕まえたあと、彼女をどうしたいのかは、まだ決めあぐねているが。


 どうあれ、責任は取ってもらう。


「阿久津リオ。あなたの処遇をどうするかの議論で。釈放に尽力してくれたのは。何を隠そう。阿久津マリヤなのよ」

 改まって、つばさはそう語った。


「先生、私のことを気にかけてくれてたんだ……」


 幼少期に別れてから、なかなかタイミングが合わず、久しく会えていない。

 それでも、自分を忘れたわけではなかったと、頬が緩む。


 後天的に〈端末人間〉化した人間の自由なんて、相当に激しい討論になったであろうことは、想像に難しくない。


「阿久津マリヤはね。不器用な人なのよ。あなたのことを。嫌っているわけではない。同時に。不幸な人でもあるわ」

 つばさは遠い目をしながら、そう語った。


「不幸……?」

「きっかけは。不幸な事故。だけどもう。戻れなくなってしまった。私が。こんな体でさえなければ。力づくでも……」

 話し過ぎたわね、とつばさを口をつぐんだ。


「さて。お堅い話はここまで。今夜から。寮の自室に帰っていいわよ。川畠かわばたレンカがそのまま。あなたの見張り役になるわ」


 監視の真っ只中にいるようなものだし、あえて檻に入れる必要もないのだろう。

 再会したレンカのリアクションが、ちょっぴり怖い。


「あの、最後にひとつ、質問があるのですが

 ……どうして、条件を提示したのですか?」


 別れ際に、どうしても気になっていたことを尋ねる。

 交渉の順序が、逆に感じられた。


「それでは。脅しになってしまうでしょう。脅しではなく。私は『お願い』を聞いてほしかったの。共に戦う──仲間として」


 つばさは、ほんのちょっとやわらいだ表情で、そう答えるのだった。


(第7話後編・了、つづく)




【次回予告──】


「なんだ、レンカも一緒なのか」

「ルイちゃん、ちょっとお姉ちゃん借りるね!」

「トモカちゃんはああなると長いので、先に校舎をご案内しましょう」

「レンカ、無事でいてくれよ……」


 リオとレンカのふたりは、新校舎の見学会に招かれていた。

 案内役のルイと、レンカの生き別れの妹を名乗るトモカが現れ……。


「くすくす、頭上の有利を知らないんですか?」


次回、『それぞれの敵、あるいは味方』


【──毎日夕方18時00分更新!】

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