THE MEJI

ナカジマ

巨大ザメVS屈強な元軍人

 ハワイ沖の海洋研究施設、『アクアノート』から爆炎が上がっていた。その施設はアメリカが主導となって建造し、日本企業も出資している巨大な研究施設であった。

 様々な最新技術を大量に投入して作られた施設であったが、今やその崩壊を待つのみとなっていた。

 ほんの数日前であれば、鮮やかなオーシャンブルーの海上に浮かぶ美しい流線型の建築物として聳え立っていた。

 しかしそれが今では、特殊なガラスで作られた壁がヒビ割れだらけだ。海中にも施設が続いていたが、既に浸水によりその殆どが海水に満たされている。施設が崩壊して浮力を失えば、海の藻屑となって沈んで行くだろう。


「よせアキヒト! 君が犠牲になる必要はないんだ!」


「誰かがやらねばならないんだ。分かるだろうルーカス」


「他のやり方を探すべきだ!」


「それでは遅いんだ! あの化け物は今殺さないと」


 崩壊を続けるアクアノートの船着場で、ルーカス・ブラウンと筑波彰人つくばあきひとが問答を続けていた。

 2人は先日、それぞれアメリカと日本からここに招待されて来た。ルーカスはドローン兵器の専門家として。そして彰人は海洋生物研究者として。

 それぞれ生まれも立場も違ったが、この数日の間に確かな友情が芽生えていた。ここアクアノートにて発生した、凄惨な事故を経た事によって。

 実はこのアクアノートは、普通の海洋研究施設ではなかった。秘密裏に生物兵器を製造する軍事施設だったのだ。

 その内容は様々であったが、一番の目玉は絶滅した筈のメガロドンの復活。そしてその復活したメガロドンを、生物兵器として運用する事にあった。


「ルーカス、君は生き延びてこの事実を世界に公表するんだ」


「アキヒトも一緒に来い! 俺1人では荷が重い!」


「大丈夫さ、君のような屈強な男なら平気だ」


 彰人の言う通り、ルーカスは最近までアメリカ海軍に所属していた元軍人だ。鍛え上げられた厚い胸板に、スキンヘッドが良く似合う筋骨隆々な肉体。

 研究者として生きて来た平凡な彰人とは、対照的な肉体美を晒している。そんな彼らが研究所から持ち出したデータには、様々な違法行為が記録されている。

 その中でも特に問題なのは、『MEJIメジ』と名付けられたプロジェクトで行われていた生物実験だ。

 そもそもメガロドンの復活が目的とされたのは、日本近海で見つかったメガロドンの化石が発端にある。

 その化石があった地層に残されていた琥珀から、メガロドンの物と思われるDNAが採取された。


 その情報は後に秘匿される事になり、アメリカ軍主導の下で研究が開始された。当初は半分機械で半分生体の兵器を目指して開発が続いた。

 しかし、そう上手くは事が進まず、一旦は機械化を諦め生物兵器へと方針が変更された。その課程で、禁断の製法が用いられた。

 発掘されたメガロドンのDNAと、他の生物のDNAを混ぜると言う自然界の掟に反した行いだ。

 メガロドンの復活に行き詰まった結果辿り着いたのは、オオメジロザメをベースにしたメガロドンの製造。さしずめメジロドンとも言うべき生命の創造であった。


「奴は頭が良い、ここで逃がせば世界は大変な事になる」


「それは分かっている! だが!」


「ルーカス、世界は君に託すぞ!」


 彰人は小さなナイフで自らの腕を切り裂き、海中へと身を投げる。沢山のプラスチック爆弾を抱えたまま。

 彰人の腕から大量の血液が海中に広がる。何故この様な自らを囮にする様な行為が必要になったのか、それには実験体に混ぜられたとあるDNAが原因だった。

 ただオオメジロザメのDNAを用いただけでは、メガロドンの復活には至る事が出来なかった。

 元々の体格が違い過ぎる為に、オオメジロザメだけでは肉体の成長に耐えられなかったのだ。


 その問題をクリアする為に追加されたのが、シャチのDNAだ。サメよりも強靭な肉体を持つシャチのDNAを追加した結果、実験体は成体まで成長しても死ぬ事は無かった。

 おまけに知能も高くなり、人間の指示を理解する程になった。しかしそれが間違いだったのだ、シャチは決して人間の友人などではない。

 時には人間にも牙を剥く凶暴な海のギャングだ。そこにオオメジロザメの凶暴性と、メガロドンの巨大で強靭な肉体が加わった。

 最凶の生物となった実験体は、人間が作った施設など簡単に破壊出来た。最終的には開発者や軍の責任者など、複数の人間が犠牲となる大惨事へと発展した。


「よせ! やめろアキヒト! 戻るんだ!」


 ルーカスの制止も聞かず、彰人は海を泳いでいく。彰人が持つプラスチック爆弾は、遠隔操作で爆破可能だ。

 彰人自身が餌となり、そのまま爆弾をメジロドンに食わせると言う捨て身の作戦だった。その作戦は、彰人の狙い通りに進む。

 海中を泳いでいた体長20mのメジロドンは、彰人の血液に気付き徐々に海上へと向かう。あまりに巨大な肉体でも、潜水艦すら軽く凌駕する速度で海中を進む。

 ホオジロザメですら人間からすれば巨大だと言うのに、その数倍の体躯を誇るメジロドンの姿は最早恐怖の象徴と言えた。

 彰人が泳ぐ海面に向けて、巨大な魚影が迫るのがルーカスからも見えた。


「アキヒトーーーー!!」


 海上に向かって跳び上がるメジロドンの巨大な口蓋が、海面を泳いでいた彰人の小さな体を飲み込んだ。

 友人の死を悼んでいる場合ではないと、急いで爆弾のスイッチをルーカスが押し込むが反応はない。何度ルーカスがボタンを押せども変化はない。

 このアクアノートでは、実験体が逃げない様に特殊な電波を発信していた。その電波発信装置が破損し、作戦の要である爆破装置の電波を阻害してしまっていた。

 電波の発信は1時間置きに切り替わる。しかしそれは今から1時間なのか、もうすぐ1時間経つのかはもう分からない。

 これから切り替わるタイミングを待っている余裕は無い。焦るルーカスの視界に、メジロドンが映る。

 海中のメジロドンと、海上にいたルーカスの視線が交錯する。今まで死んで行った人々の為に、ルーカスは覚悟を決める。


「来い! 化け物め!」


 言葉を理解していたのかは不明だが、ルーカスの挑発に乗ったかの様にメジロドンは海上へと跳び上がる。

 まるでシャチやイルカのショーでも観ているかの様に、美しい弧を描いて巨体がルーカスへと迫る。

 ルーカスは腰に提げていた元上官からの贈り物、使い込まれたコンバットナイフを引き抜いてメジロドンと対峙する。

 人間など簡単に丸呑みにする巨大な口をギリギリで躱したルーカスは、メジロドンの首元にコンバットナイフを深く突き刺す。


 瞬く間にルーカスは巨体に引っ張られ、海中へと引き摺り込まれる。ルーカスの狙いは、電波妨害の影響を受けないほど近くで爆破スイッチを押す事。

 メジロドンが飲み込んだプラスチック爆弾の爆発までの猶予は僅か10秒。幾ら海中とは言え、逃げるタイミングを間違えれば爆発に巻き込まれる。

 離れるのが早すぎて爆破に失敗すれば、成すすべもなくメジロドンの餌食となる。ギリギリの戦いがそこにはあった。


(地獄に落ちろ! クソ野郎!)


 爆破スイッチが正確に動作した証である緑色の発光を確認し、ルーカスはメジロドンから急いで離れる。

 正確に10秒経った時、海中でプラスチック爆弾が爆発した。彰人が命を掛けて腹の中に持ち込んだ爆弾により、メジロドンの肉体はバラバラになって海上にまで打ち上げられた。

 すぐ近くで爆弾の爆発に巻き込まれたルーカスは…………自力で泳いで船着場へと帰還した。

 メジロドンの泳ぐ速度が速かった為に、10秒でも十分な距離が開いた事でルーカスは生還出来た。


「仇はとったぜ……アキヒト……」


 崩れていくアクアノートの船着場で、倒れ込んだルーカスは天を仰いだ。脅威は去り、アクアノートも沈み行くのみ。

 数時間前に発信した救難信号により、救助の船がアクアノートに近付いて来ている。ルーカスはこの施設からの、唯一の生存者となった。

 まだ海中に残っている複数の死体を残して。巨大な棺桶となったアクアノートの海中施設が、水圧に負けて少しずつ壊れて沈んで行く。

 バラバラと崩れ落ちるその最中を、シャチの様な体色をしたサメの幼魚が悠々と泳いでいた。

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