風呂場で幽霊を飼っている話

なかつつつ

本文

「幽霊の話なんですけど、興味あります?」


 そう言ってきたのは私の職場の後輩だった。普段はあまり接点のない、入社二年目のUさんという人だった。私は会社関連のいろんな飲み会で、「ホラー好きなんですよね」と言っていたので、誰かからそのことを聞いたのだろう。Uさんもホラーが好きなのか、と尋ねると、彼女はそうでもない、とあっさり答えた。


「大学の研究室の先輩から聞いたんです」


 Uさんが語ったのは、以下のような話である。




 その先輩……Oさんって言うんですけどね、Oさんがあるとき、友達とファミレスでご飯を食べてたら、突然、「うちの風呂場に幽霊がいるんだよ」って話をされたんです。怖がらせる感じでも冗談の感じでもなくて、普通に、最近見たニュースの話をするような感じで。Oさんはいきなり言われたからびっくりして、「どういうこと?」って聞いたんですけど、なんでも一週間くらい前から風呂場に男の幽霊が出たんだと。とりあえず色々と準備して、飼っているんだよね、って言われて。Oさんは洒落怖とか都市伝説とか、そういうジャンルには興味があった人だから、そこそこ最近の怖い話には詳しかったんですけど、風呂場の幽霊とか、幽霊を飼う話は、聞いたことなかったそうです。だから、その友達……仮にAさんとしますけど、Aさんは意味もなく冗談を言うような人でもないので、ちょっと精神が参っちゃってるんじゃないかなと思ったそうなんです。そういうときは変に否定しちゃだめだろうと考えて、そうなんだ、へえ、ってとりあえず相槌を打って聞いていたんですね。そうしたら、「今から観に来ないか」って言われて。Oさんはさすがに「えっ」と言葉に詰まったそうなんですけど、放っておいて大変なことになってもかわいそうだなと思って、いいよ、と言ったらしんですね。予定もなかったので。それで、Aさんの家に行ったんです。


 普通に、どこにでもありそうなアパートで。二階建てって言ってたかな? Aさんは一階の方に住んでて。普通に「どうぞあがって」と言われて、ワンルームの部屋に案内されたそうです。麦茶を出されたり、ちょっとおしゃべりしたりなんかして、あれ? 幽霊は? と思っていたら、「幽霊はあそこにいるよ」とおもむろに廊下の、ドアを指さして。そこ、入ったときからずっと開きっぱなしだったらしいんですよ。でも、人の部屋をじろじろ見るのもなあって、変にマナーの良さを発揮しちゃって、Oさんが。そういう変な人の良さがあるんですよね、Oさん。Oさんは、まあ、そのときは幽霊のことなんて信じてなかったので、すぐ見に行ったらしいです。人形とか置いてあるのかな、何もいなかったらそれはそれでいやだな、と考えながら開いたドアの前に立ったら、洗濯機や洗面台のある脱衣所があって、その向こうに薄暗い空間があって。そこが風呂場で。男が体育座りをしていたんですって。すごく、陰鬱な顔をした、赤い服を着た男が。30代半ばくらいで、黒い短い髪をしてたそうです。それくらいはっきり見えたんですけど、生きてる人とは思えなかったらしいです。なんか、立体感がないというか、コピペで貼り付けたみたいというか、ってOさんは言ってました。幽霊だってわかった、そうです。思わず「うわっ」って声をあげたら、その男は顔をあげて、怯えた様子でOさんを見たんですって。声、聞こえてるんですよ。よく見たら周囲の壁にお札が貼ってあるし、風呂の中折れ扉のところに盛り塩がしてあるし、ああ、出られないようにしてるんだ、って。男のそばにはお煎餅とか、するめとか、乾物も置いてあったと言っていました。餌なんですかね。食べてなかったみたいですけど。


 Oさんは怖かったといえば怖かったんですけど、さっき言ったみたいに、変に人がいいから、ちょっとかわいそうだなって思ってしまって。思わず、「大丈夫ですか」って声をかけてしまったそうです。そうしたら幽霊が「なにがですか」って答えたんですって。普通に、会話できたんです。声は小さかったですけど、別におかしいところはなくて。いや、おかしいんですけど。明らかに生きた人間じゃないって思ったらしいですけど。それで、自分は交通事故で死んじゃったんだ、とか、気づいたらここにいたんだ、とか、幽霊が語り始めたそうで。Oさんは、ふんふんと聞いていたそうです。Oさんは、やっぱりかわいそうだなって思ったみたいで。幽霊といえど、閉じ込めちゃだめだよなあ、って考えていたらしいです。だから幽霊と話をしていたんですけど、そのなかで幽霊が「君はこの部屋の人と友だちなの」と聞いてきたんですって。だから「友だちだけど、こんなところにあなたを閉じ込めるなんて、ちょっと考えちゃうよね」と答えたら、幽霊の方は「自分は友だちがあんまりいなかったから、うらやましいな」って言ってきたんですって。Oさんはまた変にいい人っぷりを発揮して、「あいつよりあなたのほうがよほど友だちになれそうだ」なんて返しちゃって。幽霊はちょっと嬉しそうに笑ってたらしいです。じゃあ友だちになってくれますか、とか言って。ちょうどそのときくらいに、玄関の方からガチャって音がして。ドアがしまる音ですね。「あれっ?」と思って見に行ったら、部屋にAさんの姿がなくなってて。どうやら外に出かけたらしい。幽霊と二人きりはさすがにちょっと嫌だなあと思って、部屋の方に戻ったら、Aさんからメールがきてて、それが、すごく謝っているんですって。ごめん、とか、許してほしい、とか。明らかに様子がおかしいから電話したんですけど、出なくて。何回か電話しているうちに、またメールがきて。その内容が、



「あんなやつともだちじゃなくてしらないのに、あいつはともだちで、でもちがくて、だから飼ってるんだ。ペットはともだちじゃないから、だいじょうぶなんだっておもったんだけど、たぶんだめだったからあなたをよびましたごめんなさい」



 って感じで。もうだめじゃないですか、そんなメール。何それ?と思って、二、三回メールを読んでみて、ああ、はめられたんだな、とOさんも理解して。そのとき、「どうしたの?」って後ろの方から声がして。さっきまで話していた幽霊の声だったんですけど、それが明らかに近かったんですって。明らかに、風呂場から出ているんですって。それでOさんは、「そういえば、閉じ込められてるなんて言ってなかったな、あの幽霊」って気づいたそうです。Oさんはようやくですけど、ものすごく怖くなって、目をつぶったまま玄関の方にばーっと走って、手探りでドアを開けて、外に出て、そこでおそるおそる目を開けて、ひとまず帰ったらしくて。ドアを開ける前に何か声がした気がしたけど、それどころじゃなかったから、何を言われたか覚えてないって。でもたぶん、「帰るの?」とか、そんな感じのことを言われた気がするって。


 それで、ひとまず何事もなく自分の家まで帰ってきたそうです。家の近くまできて、もう一回Aさんに電話したんですけど、繋がらなくて。鍵開けっ放しにしてきちゃったよ、悪かったな、って思いながら、自分の家のドアをあけました。一人暮らしの。Oさんはマンションに一人暮らしだそうです。で、開けた瞬間に。わかったそうです。ああ、「居る」なあ、って。風呂場にいるんだな、って。


 っていう話をして、Oさんが「だから俺も風呂場で幽霊飼ってるんだけど、見に来ないか」って言うんですよ。絶対だめじゃないですか、そんなの。だから断りましたけど。もしかしたら全部作り話かもしれないですけど。


 でも、時々「幽霊見にこない?」って連絡がくるんですよ。メールとかLINEとかで。この前なんか、「ゆうれい」って本文に書いてあるだけの、写真が添付されたメールがきて。薄暗い空間の端っこのほうに、なんかぶれてるんですけど、赤い服みたいなのが写っていたので、まだいるんじゃないですかね。風呂場に。もしかしたら風呂場じゃないかもしれないですけど。




 Uさんの話に私が恐怖で口を開けずにいると、Uさんは「あんまり面白くなかったですかね」と言って、さっさと自分の席の方へ戻ってしまった。話を聞いてから三ヶ月ほど経つが、未だにUさんのところへOさんから連絡があるのかはなんとなく聞けていない。

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