第6話 関白、近衛 前嗣 様
関白様のお屋敷に伺う日、妹の小蝶がいそいそと新しい
でないと、勝負の公正さに疑いを持たれてしまう。
俺とて、少なくとも取り決めは忠実に守って描いたのである。痛くもない腹を探られたくはないのだ。なので、あえて普段着に近い小袖に普段使いの烏帽子で、中堅職人の
俺の意を聞いた小蝶は、実に不満そうな顔で頷いた。関白様のところに
こいつめ、兄のことを着せかえ人形だとでも思っているに違いない。
小蝶が俺の手を取る。
妹でありながら、いつになく距離が近い。近すぎる。
「兄上様、お祝いの膳を用意してお帰りをお待ち申し上げております」
「よせ。
勝って当然、負けて失うだけの絵競いだ。祝いなどするだけで外聞が悪い」
「兄上様、私がお祝いしたいのです。なにとぞお許しをいただけないものでしょうか?」
そう言って、大きな目で俺を見上げ、握った手をぶんぶんと振る。
どうやら、なにかを期していることがあるらしい。
「好きにするがいい。だが、あくまで家族に限定ぞ」
結局、半分は面倒になって、半分は妹可愛さに負けて俺は頷いていた。
近衛様の屋敷に向けて歩き出したのは七人。
父
だが、高弟はいない。おそらく、時間のない中で辻褄を合わせて仕上げた絵を、祖父の目は良しとしなかったということなのであろう。
年上の新参は、このようなときだというのに柄の大きい小袖である。しかも、茶とはいえ色が使ってある。よほどに派手好みなのであろう。父がなにも言わないので俺も黙っているが、決して褒められたことではない。
年下の新参はまだ前髪の残る姿だが、墨染めの衣で、立ち振舞いは折り目正しくまさに武士のそれであった。
我らは、口も利かずに歩く。一歩一歩に緊張感が増すようだ。関白様、どのようなことを我々に仰られるのであろうか。
関白様のお屋敷は、陽の光が庭を明るく照らし、庭の敷石や緑に散じられた光が建物の中まで差し込んでいた。
秋も極まってきたものだ。日の位置が下がり、影が薄くなり、いろいろなものの色みが美しく見えるようになってきたな。
緊張の中、見事な庭に、俺は心の隅でそう感じていた。
俺たちは、庇の下の廊下に並んで座った。身分からして座敷内は遠慮したのである。
その座敷には、四枚の絵が掛けられた無地の屏風が見えている。俺の絵は、左端だった。そこまで見たのち、俺たちは平伏して関白様を待つ。
待つほどもなく、荒々しく足音をさせ現れた関白様の声は、大きく力強かった。
「四名の者に来てもらったが、
よいな?」
あいさつも抜きにそう言われて、俺たちは全員、より深く平伏して額を床板に擦り付けた。
関白様のお言葉は、お公家様らしからぬ直裁的なものだった。言葉の選び方からして、公卿というより武将のそれなのである。
このとき、関白、近衛
関白であり五摂家筆頭の近衛様が、たかが駆け出し絵師に声がけするなど普通ならば考えられないことではある。だが、このような方ゆえ、自らの好みのことを人を繰り返し介して伝えることを
加えて今回、上洛して名を上げようと狩野の家に入った者たちにしてみれば、最大の好機である。描いた者皆、精魂込めるなどという言葉で表せられるような生易しい覚悟ではなかった。まさしく命懸けで描いたのである。
それが、関白様の心を動かしたというのもあろう。
「まずは頭を上げい。
そちたちも絵師、ものを見なければ話が始まらなかろう」
そう言われて、俺たち頭を上げた。
関白様のお付きの者たちが、絵の掛けられた屏風を俺たちの目の前に運んでくる。
そこで初めて、俺は自分の描いたもの以外の絵をまじまじと見ることができた。
あとがき
第7話 心の臓が一つでは足らぬ
に続きます。
洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー 林海 @komirin
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