miracle song in 2024.12.6

マイペース七瀬

第1話

 2024年12月6日だった。

 サトシは、この日、職場で、ラジオを聴いていたら、中山美穂『世界中の誰よりきっと』が、流れているのに気が付いた。

 サトシは、40代後半になっている国語の塾講師である。

 大学院の修士号を取っても、大学で教えても、身体を壊し、今では、神奈川県の郊外で、国語を、中学生とか高校生に教えている。

 たまに、年に一回か二回は、私立大学で、現代文学を教えているが、もう、非常勤講師である。

 昼過ぎ、大学の教員室で、ネットニュースを観ていた。

 事務担当の30代の女性職員の夏美が、心配そうな顔をしている。

 夏美は、教員のサトシが、「中山美穂のファン」と知っていたからだ。

「中山美穂さん、死去54歳」

 とあった。

 サトシは、信じられない気持ちになっていた。

 実は、サトシは、10代の時、よく中山美穂の音楽を好きになっては、CDを買い、さらに、ドラマを何度か観ていた。

 ドラマの脚本家になりたいとか、役者になりたいとか思っても、サトシは、そこまでの資質はなく、それで、大学院で、国文学を専攻して、今に至っている。

 今日は、私立大学で、講義がある。

 何故か、涙が出そうになっていた。

 サトシは、ここの大学では、現代文学を教えている。

 午後4時から5時半まで、講義がある。

 今日は、江國香織『とくべつな早朝』を、読んでいくはずだが、中山美穂の死んだ話で、どうも講義をする気持ちになれない。

 良くないと思った。

 教員なのに、と思った。

 職員室に、ラジカセがあった。

 しかし、中山美穂のことを言えないかと悩んだ。

 スマホのYouTubeがあった。

 中山美穂『世界中の誰よりきっと』が、メロディーであったのに、気がついた。

 4時になった。

 学生は、10名しかいない。

 女子学生は、6名。

 男子学生は、4名。

 最近、学生の出席率が、悪い。

 そこで、思った。

 サトシは、開口一番、講義で、こう言った。

「今日は、歌を歌います」

 といきなり言った。

 目の前の、スマホをいじっている女子学生が、目を白黒させて教員のサトシを観た。

 サトシは、スマホの音源を、中山美穂の『世界中の誰よりきっと』に合わせて歌い始めた。

ー言葉の終わりを

 いつまでも探している

 君のまなざし

 そっと見つめていた

 …

ーそう本気の数だけ涙見せたけど

 …

 数分、歌った。

 サトシは、学生時代、軽音楽で、ボーカルをしていた。

「何故、この歌を歌ったのか、分かるかね?」

 と言った。

「君ら、本気で、何かに打ち込んでいるのかね?」

 と涙ながらにサトシは、怒った。

 本当は、中山美穂の死んだことが、ショックで、八つ当たりをしていたのだ。

 10名の学生は、シーンとしていた。

 その後、学生の誰ともなく、拍手をした。

 そして、教員室へ帰ると、事務の夏美が、サトシのところへ来た。

「先生」

「はい」

「学生が、先生、ごめんなさい、今度からきっちり話を聴きます」

 と言った。

 暫くして、2025年2月になって、サトシは、ここの大学をやめて、正規の塾講師になって、夏美と付き合い始めたらしい。(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

miracle song in 2024.12.6 マイペース七瀬 @simichi0505

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ