第7話 名前を呼んで欲しい

 昨日の衝撃的なレッドモンド伯爵との出会い。それは鮮烈にラルフの脳裏に焼付き、気がつくと彼女のことを考えてしまっていた。彼女と親密になった訳でもないし、多く会話した訳でもない。それでも彼女のことが気になって仕方がない。兄のジェイミーや姉のヴィクトリアは式の際の彼女の姿と普段の彼女のに何もギャップを感じていない様だったけれど、ラルフにとってはとてもミステリアスに感じられる。遠く辺境伯領に嫁いでいたのに、いきなり王都に戻って伯爵になるなんて普通は考えられないし、祝賀会で見た彼女の雰囲気は到底そんな大それたことをする女性には思えなかった。


 部屋でイヴリンのことを考えながら悶々としていると、ジェイミーが訪ねてくる。


「ラルフ、入っていいか?」

「どうぞ」


 入ってきた兄は何処か楽しそうにラルフをジロジロ見てニヤニヤしていた。


「な、なんですか?」

「お前、イヴリンのことを考えていただろう」

「そ、そんなことは!」

「ハハハ、さては一目惚れしたな」

「違います! ただ、今までにいないタイプの女性だったので……」


 ムキになって否定すればするほど、彼女に気があると言っている様なもの。きっとジェイミーは分かっていてそんな意地悪なことを聞いたのだろう。


「それで、用はなんですか?」

「ああ、そうだったな。お前もそろそろ補佐役を付けてもいいんじゃないかと思ってな。丁度いい人物がいるんだが、どうだ?」

「僕は別に補佐など……その人物と言うのは?」

「イヴリンの義弟だ。今日、一緒にいただろう?」

「!!」

 

 思わず喜んでしまったが、また兄がニヤニヤしているのを見て平静を装うラルフ。一度咳払いをしつつ、


「まあ、兄さんがどうしてもと言うなら」

「まったく、素直じゃないな、お前は。リアム・レッドモンドはお前と同い年の17歳だ。同い年なら色々と話し易いだろう?」

「ええ、まあ」

「それと、明日ヴィクトリアがイヴリンとリアムを王都観光に連れて行くと言っていたぞ。お前も強制参加だそうだ」

「……姉さんは強引なんだから」


 とは言うものの、これは願ってもないチャンスだ。リアムと喋りたいと言う口実もあるし、伯爵のことをもっと良く知ることができるかも……兄にこれ以上からかわれない様に、必死で表情を作り、その場はなんとか乗り切ったラルフだった。


 そして四人で周り始めた王都観光。午前中はヴィクトリアがべったりイヴリンを独占していて大して話すこともできず。だが昼食時はテラス席でテーブルを囲む形となり、ラルフの前にイヴリンが座った。相変わらず目の隠れた髪型だが、昨日よりも表情が柔らかい気がする。


「殿下には、この店は少々庶民的過ぎたかしら?」

「いいの、いいの。民の生活を知っておくのも王族の務めだからね」

「イヴ……レッドモンド伯爵は良くここにこられるのですか?」

「ええ。ヴィクトリアとは良くこの辺りに遊びに来ていたし、ジェイミーもたまにきていたわね」

「私たちのお気に入りなのよね。弟くんも彼女ができたら連れてきて上げるといいわよ!」

「ハハハ、僕にはまだ恋愛を楽しむ余裕はないですね。他に学ぶことが沢山ありすぎて」


 いつの間にかリアムはヴィクトリアと普通に話す様になっていて、自分だけが王子として特別扱いされている様な気分になる。ヴィクトリアはいつもの様に弟として扱ってくれてはいるが、伯爵とその義弟とは少し距離がある様に感じる。こういう時は兄のジェイミーが羨ましい。実際、伯爵も兄のことは『ジェイミー』と呼び捨てだ。きっと兄からそう彼女に進言したのだろう。


 食事は想像以上に美味しく会話も弾む。ヴィクトリアが一緒だからかイヴリンも良く笑い、その表情だけ見ていればごくごく普通の女性だ。しかし、その所作は洗練されていて隙きがない。リアムやヴィクトリアは普通に会話しているのに、ラルフにはなかなかそうできないのだ。喋り掛けようとすると躓いてしまって上手く会話に乗れず、それを見かねた様にイヴリンがラルフに話しかけてようやく会話になる。何かそういう風に仕組まれているのでは? と、さえ思えるほど。


 それでも彼女の声を聞いているだけで心地よく、昼食の時間はゆっくりと過ぎていった。


「じゃあ、そろそろ次に行きましょうか!」

「そうね。殿下、ご満足頂けたかしら?」

「あ、ああ……とても美味しかった」

「それは良かったです。じゃあ……」


 このまま今日の王都観光が終われば、イヴリンとの距離感はずっとこのままだろう。自分は彼女よりも年下だが王子だし、多少のワガママも許されるはず……そう思い切り、今日初めて自分から彼女に話しかけた。


「伯爵! 自分はあなたよりも年下だし、あなたは兄のことをジェイミーと名前で呼んでいますよね? 私のこともラルフと名前で呼んでもらえますか?」

「よろしいのですか?」

「是非。姉さんで慣れてますので、敬語も必要ありません」

「そう? ではラルフ、行きましょうか」


 イヴリンに呼び捨てにされて、その表情がパッと明るくなったラルフ。これでようやくこの四人の中で自分だけ浮いている状態が解消された気がした。ヴィクトリアに馬鹿にされるかと思っていたが、彼女はどこか満足そう。親友のヴィクトリアが自分の弟分を同じ様に呼ぶことに満足しているのだろう。ラルフの心の中に若干居座っていた居心地の悪さは解消され、皆で次の目的地へと向かったのだった。

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王子、私を好きになってはいけません たおたお @TaoTao_Marudora

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