ハジメ

結の始まり

運命の出会いをした男女は、赤い糸で結ばれる。

幼稚園の時にこの話を聞いて、なんてロマンチックなのだろうと心が踊った。

いつか私も運命の相手と出会って、自分を成長させてくれる甘酸っぱい恋をするのだと決めていた。



そして現在、高校2年生。

糸が見えるようになった。

人の身体から数センチ離れたところで相手と繋がっている「糸」

この世界に生きるたくさんの人を繋ぐ、「関係性」という名の糸。

はじめはもちろん混乱したけど、きっかけが何かなんてわからないし、精神的な病気でもなかった。

ただ糸が見えた。

糸は白、黒、赤の三色で、それぞれで違った。

白は恋情や友情、慈悲。つまりはいい関係。

黒は憎しみ、嫌悪、苛立ちなどの悪い関係。

そして赤は、俗に言う「運命の糸」

運命の糸は愛情だけなのかと思っていた。けれどこの不思議な現象が起きて、なにもそれに限ったわけではないのだと悟った。

強い信頼、深い友情、その他諸々の、運命。

この糸たちが、それぞれ人と人を結んでいるのだ。

糸が1本もない人を私は見たことがなかったし、そんな人がいるなんて考えたこともなかった。

彼に出会うまでは。

学校の図書館で委員会の仕事をしていた彼を見たとき、私はへえ、と思った。

なんて大切そうに本にふれる人なんだろう。

まず頭に浮かんだのはそれだった。

図書館の光を落としたランプの下、本の背表紙にふれる彼の手が雪をまとったように白く光っていたのを私は覚えている。

気づけば、声をかけていた。


彼に糸が1本もないと知ったのはそれからすぐのことだ。

人が嫌いなの? と聞くと、大勢は苦手、と返ってきた。

「嫌い」ではなく「苦手」と表すのが彼らしい。

名前を流といって、本が好きで運動が苦手で私と好きなものが一緒だった。

前髪を長く伸ばした、銀縁の眼鏡が似合う人だった。

私たちは、互いのペースで穏やかに時を手繰っていった。


ある日、私は糸が見えることを彼に伝えた。

三色の糸があること、関係性を表していること、親友だと思っていた相手との糸が黒かったこと。

彼は特段驚く様子もなく、そうなんだ、とだけ言った。

ちょっと拍子抜けして、嘘つけとかって言わないんだね、と言うと、

「君はそういう感じの嘘をつく人じゃないと思うから」

ストレートな言葉が返ってきて真っ赤になった。

けれど私はそれよりも何よりも、彼が受け入れてくれたことが嬉しかった。

恥ずかしいのを隠したくて、彼が持っていた本に目を写す。

「あ、その本」

「知ってる?」

「流浪の月。凪良ゆうでしょ、中学の時に気になって一回読んだ」

「名前が同じだから気になったの?」

私の名前は村瀬ゆう。平仮名でゆう。

「それもあるけど、表紙がきれいだったから」

「幸せな理由だな」

「アイスといちごってこんなに美味しそうに見える組み合わせないよね」

「人によるんじゃないか」

「そこは共感してよ」

そう言って小さく笑い合う。

「それ、もう一回読みたい。次貸して」

「今返すとこだったからいいよ。ちょっと待ってて」

さすが図書委員。手早く手続きを済ませてはい、と本が手の上にのる。

「読んだら感想言い合おうね」

「覚えてたら」

その日の帰り道は、鞄が本一冊分重たく、同じくらいあたたかく感じた。



本を読んで、まず思ったのは中学生のときと印象が全然違うことだった。

初めて読んだ時はただ重く感じた場面も、今は深く考えてしまうような訴えを感じた。

「世界ってどんどん変わってるんだね」

中学から高校への環境の変化が原因だと思い、それを彼に伝えると

「世界は、昔からずっと変わってなんかない。変わっていったのは、僕や君、人間だよ」

といつもの無表情で返された。

その言葉がストンと胸に落ちてきて、この人はすごい、と改めて思った。

私の何気ない一言もちゃんと受け止めて、考えて、自分なりの答えを出している。それが彼だ。

その時、私は糸が生まれる瞬間の音を初めて聴いた。

私と彼から伸びた糸が中心で交差し、ゆっくりと結ばれていく。

カラン、と協会で鳴るような鐘の音がして、結び目が完成する。

その色を見て、私は13年待ち続けた相手に一番の微笑みを向けた。

本に囲まれた図書館で、やわらかく光るランプの下、生まれた糸は真紅だった。

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