第3話:狩りの準備

 クレイルを待つこと10分ほど。

 奥の部屋から再びクレイルが現れる。

 その姿は先ほどのだらしない服装とは打って変わり、簡素な白いローブに身を包み、小さなポーチを肩から下げ、左の腰には小魔杖を携行している。


「お、来たかクレイル!」

「うん、お待たせ~」

 

 さっきの事故などなかったかのようなリッドたちのやりとりに、俺も安堵のため息をつく。


「クレイルや。少し冷めてしまったが、コーヒーを飲んで一息ついていなさい。昼食の入ったバスケットはわしが準備しよう」


そういうと、ヴェメイルさんはクレイルの返事を待たず席を立った。


「え~いいのにおじいちゃん!私が準備するよ?」

「いいんじゃいいんじゃ。かわいい孫たちのためじゃ。これくらいのことはさせてくれい」

「もう、そんなこといって!もう歳なんだから少しは自分の身体を大事にしてよね!」

「何ぃ?わしはただ隠居するだけの老骨ではないぞ?ほっほっ」


と、軽い雑談を繰り広げながら、ヴェメイルさんはキッチンへと入っていった。

クレイルはそうなることが分かっていたかのように、特にヴェメイルさんを引き留めることもなく、真っすぐリッドの隣の席に着いた。


「まったく…おじいちゃんったら…ごめんね二人とも。おじいちゃんがあんなだから、二人にも気を遣わせちゃうでしょ」

「んーや。俺は別に。じぃさんがああ言ってんだし、好きにさせりゃいいんじゃねーの」

「…俺は、そうだな。ヴェメイルさんの世話を焼きたい気持ちもわかるから…」


 そういって、俺はリッドとクレイルの顔を順番に見た。

 何を隠そう、この3人の中では俺が年長者だ。

 と言っても、年齢的には全員同い年にはなるのだが、二人ともどこか抜けたところがあるので、昔から俺がしっかりしなくてはと心に刻みながら生活してきた。

 リッドは頭はキレるが、お調子者で割と勢いに任せて行動することが多く、逆にクレイルは物事を考えすぎて行動の第一歩が非常に重くなる時がある。

 だから、二人が何かに悩んだり、間違った行動を取ろうとしたとき、客観的な視点で物事を考えるのは、いつも俺の仕事になるというわけだ。

 そうして生活しているうちに、必然的に俺は二人のことをよく考えるようになり、ヴェメイルさんのように“世話焼き”になってしまっているという自覚がある。

 悪気はないのだ。

 ただ、二人のことが心配で、大切なだけ。

 ヴェメイルさんもきっとそうなのだろう。


「それで、今日はどこに行くんだっけ?」


コーヒーに角砂糖をボトボトと落としなが、クレイルはリッドに聞いた。


「今日は北の森に行こうと思ってんだ!先週は南の森でやらかしちまったからな…」


 やらかし。

 それは匂い袋の件だろう。

 クレイルのコーヒーを混ぜる手が一瞬止まったように見えたが、気のせいということにしよう。


「だから、今日は南の森から一番離れた北の森で狩りをしようと思ってな!色々と準備してきたんだぜ!」


 そういうと、リッドはまたもやリュックに手を伸ばす。

 中にクレイルのトラウマになっているであろう匂い玉(の改良版)が入っていることを知っている俺は、急いでその手を引き留めようとしたのだが、それよりも早くクレイルが両手をパチンと叩いた。


「え!北の森に行くんだ!じゃあついでに遺跡のお掃除でもしようかな~」

「遺跡…あぁそうか。もうその時期か」


 龍神祭——

 この島でそう呼ばれている、年に一度開催される唯一の祭りは夏の時期に開催されるのだ。

 その祭りを毎年取り仕切っているのはヴェメイルさん、つまり、代々村長家を継いでいる家系の人間だ。

 そのため、クレイルもまた夏が近づくにつれてその準備に奔走することが多くなるのだ。


「あ~確かにちょうどいいかもな!俺たちにかかれば狩りなんてすぐ終わるだろうし!午前中にさっさと狩りを終わらせて、遺跡で昼飯食おうぜ!」

「うん!そうしよ!そうとわかったら、ちょっとお掃除用の道具も準備してくるね!」


 クレイルはそういうと、コーヒーを一気に飲み干して、奥の廊下へと小走りで姿を消した。


「よし。それじゃあ俺たちは装備の再確認でもしながら待っておくか」

「あぁ、だな!」


―――――


 ようやく全員の準備が完了し、ヴェメイルさんの家を出たころにはすっかり日は登り、朝の清々しい空気が村を包み、澄んだ陽の光が、森への道を照らしていた。

 俺たちはリッドを先頭にその道を進み、深い森へと足を踏み入れた。

 他愛のない雑談をしながら半刻ほど歩みを進めると、少し開けた空き地のような場所にたどり着く。

 リッドはそこで大きなリュックと二つの大剣を地面におろし、空に向かって両手を伸ばした。


「ん~~~っ!………っふぅ。よし!この辺でいいかな!」

「だね。今日もいつもの感じでやるの?」

「そうだな~。いつものやつでもいいけど…試してみたいものがあるんだ!」


 そう言うとリッドは、リュックの中から手のひらサイズの麻袋を取り出した。


「え゛っ!」


 聞いたことのない、濁った声がクレイルから漏れる。


「これはな…聞いて驚くなよ…」

「いや、それはちょ…」

「これは『イノシシ大量GETくん“Mk-2”』だ!!」


 クレイルの言葉を遮るようにリッドは叫ぶと、天高々とその麻袋…匂い袋を掲げた。

 クレイルの顔は引きつっている。

 俺はここで二つの選択を迫られている。

 リッドの発明品を否定してクレイルを助けるか、クレイルを無視してリッドの発明品をそのまま使わせるか、だ。

 俺がそれらのジレンマについて考えを巡らせていると、予想に反してクレイル自ら匂い袋について提案した。


「ま、まぁ?先週のアレは失敗だったけど、きっとリッドならしっかり改良してるよね?いいよ、使っても!」


 …………え?

 見ると、クレイルは俺に向かって両手を合わせている。

 「ごめんね」とでも言いたげな様子だ。


「お、マジか!!じゃあ遠慮なくこいつを使わせてもらうぜ!!」

「ま、待て!リッド!」

「な、なんだよアルマ」


 しまった。勢いで制止してしまった。

 普段見せない俺の焦った態度に、リッドは少したじろいでいる。

 俺は一呼吸おいて気持ちを落ち着かせ、話をつづけた。


「その便利な発明品は狩りの効率を上げるために作ったものだろう?なら、俺たち3人で狩りに来た時にテストするのは少し勿体ないんじゃないか?俺たち全員がいれば一番効率のいい狩りができるんだからさ」


 我ながら、もっともらしい理由付けができたと思う。

 そう、俺たち3人なら、こんな道具に頼らずとも狩りで十分な成果を上げることができるのだ。

 リッドも少し考えるような素振りを見せ、少し残念そうな顔をしたかと思うと、手に持っていた匂い袋をリュックにしまった。

 どうやら、俺の言葉が届いたようだ。


「それはそうだな…残念だけどこいつはまたの機会に試すとするよ…」


 いつも元気なリッドの凹んでいる姿を見ると、少し申し訳ない気持ちになるが、こればかりは譲れない。

 またあの悪臭地獄の数日間を過ごすかもしれないリスクを考えると、リッドには自重してもらうのが一番だ。


「ま、まぁ!アルマがそういうなら、“いつもの”でやっちゃいますか!」


 クレイルは場の雰囲気を和ますためか、いつもより明るい声で活を入れると、小魔杖を抜いた。


「だな。ほらリッドいつまでうな垂れてるんだ。行くぞ」

「あぁ…わかったよぅ…」


 そういうとリッドは、一振りの大剣ををずるずると引きずりながら、空き地右手の森へと歩みを進めた。

 その姿を見て、再度心を痛めた俺だったが、気持ちを切り替えて武器を構え、空き地左手の森へ進んだ。

 

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まるで詰んだ世界に救済を求めて。 柴犬がすき @shibainugasuki

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