第3話 水曜日


「ワシが思になー、男はオッパイから目覚めんねん。そいで、一度お尻に行くんや」


 水曜日の17時。荒川沿いの階段に、那須とサトテルが座っている。


「一度脇道に逸れんねん。せやけど、長い旅の末に、男はオッパイに帰ってくんねん。男ってそういうもんやねんな」


「フェミニストにしばかれてこいよお前」


 サトテルは、相変わらず那須の話を退屈そうに聞いている。


「ワシは事実を言ってるだけやねんて。あれよ。『あんぱん』の『粒あん派orこしあん派論争』と一緒よ」


「意味わかんねえ」


「せやからあ! 男は一度『粒あん』に脇道逸れんねんて!でも結局『こしあん』に帰ってくるんやないか」


 サトテルは肩をすくめて、立ち上がった。


「帰るわ」


 すると那須もサトテルに合わせて立ち上がる。


「あ、サトテル待って。大事な報告があるんよ」


「ねえよ」


 サトテルが冷たい態度で去ろうとする。


「あんねんって! ワシな、引っ越すんよ」


 そう言われてようやく、サトテルは足を止めた。


「は?」


「そのー何じゃろうね。一身上の都合ちゅうか」


「何処にだよ」


「叔父さん家やから、静岡県かな」


「いつ」


「すぐや。今日行く。だからな、ワシ、お別れの挨拶に来たんよ。

 昨日は喧嘩しちゃって言えなかったからな」


「……どしてまた急に。お前学校どうすんだよ」


「あー急なことやからまだ何も決まっとらん。とにかく行くんじゃ。

 ……まだ見ぬ世界を求めての」


 ……始まった。サトテルの大嫌いないつもの嘘だ。那須の母親が原因なのは火を見るよりあきらかだった。

サトテルはうんざりして思わず……


「嘘つけよ」と、言ってしまった。


 那須は少しバツが悪そうに、荒川に石を投げた。


「……オカン、大家さんとモメて、住んどるとこ追い出されてもうた。

 おとんに相談したら『変なことに使うんだったらこれ以上金は送らん』言われて……」


 どうせそんなところだろうとサトテルには解っていた。


「……お前さあ、一人暮らしとかしたら?」


「アカンて。おかんにはワシが必要やから。……家族見捨てられひんやん」


 那須は、荒川をじっと見て答えた。サトテルは、それも嘘だとわかっていた。

母親に逆らえないのだ。サトテルは自分の事のように心底苛ついた。 

サトテルも、荒川に石を投げ出した。どうにもならない少年たちの、捨て場のない思いがたくさん荒川に放られる。


「せやから、お前ともバイバイや。腐れ縁やけど、今までお世話になりました」


「世話してやったよ」


「お前さ……ワシなしで大丈夫なん?」


「ああ?」


「今までずっとワシがおったやん。おらんようになるねんで」


 そう言われてサトテルは、力を込めて石を投げた。


「……清々するね」


 サトテルは、投げた石が何かに当たって音が返ってくるのを待った。


「素直になれや最後くらい」


「素直な気持ちで言ってんだよ。俺お前嫌いだったからよ」


「……ワシもよ。お前なんか大っ嫌いじゃ」


 そこからは二人で、無言で石を投げ続けた。

荒川が、虚しく滲んで、歪んで見える。


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