3 山! 宝! ゴミ!

 俺はひとまず、エルシャが言っていたダンジョンとやらに向かった。何か出土するとなればそこしかないと思ったからだ。

 目論見は、半分当たり、半分外れといったところだった。

 まず前提として、ダンジョンの近くまでは行くことができたが、ダンジョンに入るゲートの向こうには行くことができなかった。どうやら冒険者としての登録が必須らしい。

 エルシャの言っていた煩雑な手続きが、にも関わらず何人も並んで受けていた理由にすんなりと納得がいく。

 そして、おおよそ価値がありそうと目星が付けられているものは、そのゲートの向こう側で取引が行われていた。

 つまり、俺は最初から蚊帳の外だったのだ。

 それが半分外れ。

 そして、半分当たりというのがーー。


「やっべー! 見たことない技術すぎる! この辺って全部要らないってことなのか?」


 ゴミ山、とも評すべきガラクタの山。俺はそこで、大声を出していた。


「あんちゃん、あんまりそんなにテンション上げるもんじゃねえよ。こんなもんで喜ぶのははしたねぇんだから」


 ゲートと比べると随分としょぼい見張り番が俺の方をじろ、と睨む。制服のボタンが閉まらないほどの腹と、猫の顔の獣人であるせいか、あまり怖さはなかった。

 それよりかは、可愛らしさが勝つ。撫でようとは……したかったが流石にできないか。

 閑話休題、活気づいているダンジョンの方と比べると周囲には誰もおらず、それでいて日中であるにもかかわらず薄暗いそこで大声を出したところでたしなめる方がおかしい。

 見張り番もそれをわかっているのか、どちらかというと諦めと呆れの含んだ睨みだった。楽な仕事を邪魔しないでくれ、といったところだろうか。


「にしてもやられたなぁ」


 俺はガラクタの山の上に腰掛けると、腰に繋いでいた麻袋を開く。先程と比べると三分の二程度にまで減ってしまったゴールドたちがそこに居た。

 このガラクタの山を漁るために必要なゴールドが千五百。それ以外にも、街で売っている食べ物がどれもレートが高すぎる。

 あの御者にハメられたのだ。

 硬貨自体は偽物ではない。だが、この近くのレートを知らない田舎者だと思われて、安く買い叩かれてしまったというわけなのだろう。


「こんなところに来るわ、売りモンの交渉もできないわ、アンタ、どこの田舎モンだ?」

「あいにく、結構都会から来てるんだよなこれが」

「ふぅん、そうかい。じゃあ早くこっちのレートに慣れねぇとそのへんで野垂れ死ぬかもな。気をつけろよ。俺も利用者が来なくなったと思ったら死んでた、なんて言われた日には……っておい!」


 俺は見張り番の言葉を無視して立ち上がると、ガラクタの山の中に進んでいった。

 がら、がら、と足を踏み出すたびに足元の何かが崩れ落ちていく。遠くからあまり散らかすなと声が聞こえるが、まだ山を登っているだけだ。どうしようもない。

 転がっていくものも壊れた鎧や陶器、ツボの破片、あるいは何かしらの布切ればかりである。

 そんなもの、転がったとて山の範囲が広がるくらいだろう。見た限りガラクタの山のための十分なスペースが取られているのだから、気にする必要もない。

 俺は山の頂上までたどり着くと、手袋をはめて一つ一つガラクタを手にとっては周囲に投げ捨てていった。

 手袋は見張り番の男から借りたものだ。体毛をつけたくない作業の時に使うものらしい。


「っ!? 今何時だ!?」


 登っていた日がゆっくりと傾き始め、段々と空が赤く染まっていった頃、俺はふと気がついて顔を上げた。


「大体五時くらいってとこかなぁ。お前さん、本当にこんなゴミ山に何時間も居るなんて殊勝なやつなんだな」


 見張り番はあくびを噛み殺している。

 本当に、気になるものばかりなのだからしょうがないだろう。多分、多分ではあるが、日本で売れればここの山の八割が相当な値になるに違いないのだから。


「だが……だがなぁ……」


 ここは日本ではない。それどころか、このガラクタの山をガラクタだとしか認識していない人々が住んでいる世界である。

 つまりは、この中から本当にこの世界の人間にも価値があるものを選び出さなければならない。

 すでに手持ちの残金は少なく、もって明日生きられるかどうか。これを売る時間も考えれば、今すぐにでも決めてしまわなければならないだろう。


「……贅沢な悩みすぎるな」 


 手に持てる、かつ売れそうな美しさがあるとなったとしても、山の中の大体一パーセントほどが該当する。実質的な数は減ったものの、選び放題であることには限りなかった。

 それほどまでに、この山の中は魅力的だったのである。

 例えば、割れた器。この世界に金継ぎの技術があるかは定かではないが、ある程度の修繕材料が集まれば手先が器用な人間がこれを修繕するだけで五桁か、あるいは六桁で売れるかもしれない。シンプルな焼色だが、それ以上に見たこともない釉薬できれいに彩られているからだ。

 街の風景を眺めていても、これを人々が常用している様子はなかった。ならば、割れているからこそ無価値だと思われたのではないだろうか。

 あるいは、この銅の鏡。磨かれておらずくすんだ光を反射させているが、その背面の意匠が美しい。並大抵の人間が作ってもこんなに生き生きとした龍は描けないだろうと言えるほどに、鱗一枚をとってしても生きていると実感できるほどの迫力がある。


「決められなさすぎる……が、まあこれでいいか!」


 俺は並べたいくつかの物の中から銅の鏡を手に取ると、ガラクタの山を滑り降りた。

 これだけが、いままでいくつもの鑑定品を見てきた俺の目にも見たことがない……空気のようなものを感じたからだ。

 正直、売り物にならなかったら俺のコレクションにしたいくらいには、個人的にも気に入っている。


「アンタ、ゴミ見てよだれ垂らすの変態みたいに見えるからやめたほうが良いぞ……」


 ふと気が付くと、見張り番が変態を見る目でこちらを見ている。失礼な。変態で何が悪い。


「すまんね。これが性分なもんで。にしても、こんな宝の山に本当に誰も来ないんだな」

「残念ながら、こんなところで垂涎する特殊性癖持ちはアンタだけだってことだ。まあ、実際のところはこんなところを探すよりかはダンジョンに潜った方が効率よくいろんなものを手に入れられるからだろうがな」


 見張り番もどうやら仕事を切り上げるようで、俺がガラクタの山から下りると門の鍵を閉めた。チープな形式で、針金一つあれば手先が器用な奴なら開けられそうなほどのものだったが。


「あ、そうだ。この辺で骨董屋か質屋か、あるいは鑑定士か何か知らないか?」


 俺の言葉に、制服であろう紺のベストを脱ぎ始めていた男は笑う。腹につかえてうまく脱げていないようだが、大丈夫だろうか。


「そんなもん二束三文ですら誰も買い取ってくれやせんだろうよ……あ」


 からからと笑っていた男だが、どうやら心当たりがあるようだ。


「どこか知ってるのか?」

「二束三文でなら、買い取ってくれるやもしれん店があるな。ジジイの、アンタみたいな変態店主がやってる店だ」

「ジジイ……?」

「ああ、頑固ではないんだが……まああんたみたいに変なモンばっかり集めてる爺さんだよ」


 それはまた、面白そうだ。もしかしたらこれを売る以上に、そこでなら仕事にありつけるかもしれない。


「場所は?」

「確か……」


 男は見張り小屋から地図を取り出すと、王国の中の一点をさした。運がいいことに、ここから結構近い場所だ。


「なるほど。ありがとな、おっちゃん」

「お……はぁ、アンタみたいな変な輩には何と思われようとかまわんが。私はムトって名前があるんだ。そう呼んでくれ」

「そうかい。俺はユーリだ」

「ユーリ、ね。変態の名前だが、仕方なしに覚えておくよ」


 俺はムトと別れると、店に走った。

 大通りの喧騒と反比例するように、空は暗くなっていく。少し遠くに見える店先に明かりは灯っており、まだ営業中であることを示していた。

 すれ違う人たちが全速力で走る俺を変な目で見てくるが、多分この国に入った時のような服装の違うよそ者を見る目ではなく、古ぼけた鏡を片手に全力ダッシュしていることを気にしてだろう。

 うん、そうであってほしい。できればこのガラクタの山に何時間も居たせいでドロッドロになってしまった体を汚いと思っているわけではないと思いたい。


「すみません! まだやってますか!」


 奇異の視線をくぐり抜けた先で、俺は店の扉を開けて叫んだ。


「はぁ〜い、一応やっ……てますけど…………汚っ!?」


 聞いていた話と、少し違う。骨董品や古美術、それ以外にも何に使うのかわからない品々を並べているところを見るに、ここが目的の店なのだろう。だが、奥から出てきたのは老人ではなく、若くて可愛い女の子だった。

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俺、異世界転生しても古美術鑑定しかやりたくないんですが〜魔法は使えませんが、審美眼だけは誰にも負けません〜 青月 巓(あおつき てん) @aotuki-ten

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