黄泉国三途の川の守、道長を渡す

おおまろ

黄泉国三途の川の守、道長を渡す

俺さまの名前は黄泉の国三途の川の守。

先ほど特別貸切で、たった一名を渡し終えたばかりだ。

その名は藤原道長。

生前、最高権力者だった御仁らしいが、貸切になったのは、他の亡者たちが同船するのをメチャクチャ渋ったためだ。

最高権力者だったとはいえ、船は別に特別仕様でも何でもない。死んでしまえば皆等しく同じ魂。前世がどうだのこうのだの、それはエンマさまが決めることだ。死ねば富者も貧者も徳を積んだ者も善人も悪人も、皆々同じ扱いだ。特に俺さまの縄張りではな。

道長とやら、他の亡者たちにずいぶん邪険にされていたな。石投げてるヤツもいた。あれほどの嫌われぶりも珍しい。すべての庶民亡者に同船拒否されて、かわいそうに、ひとりぼっちの船内ですっかりしょぼくれていた。


1027年12月4日午前4時頃、入道前摂政太政大臣従一位藤原道長没。享年62歳。なるほど。

ここに亡者のデータがある。本人照会しないと三途の川は渡せないからな。

道長は、もう相当に苦しんだ最期だったようだ。

一応表向きは、自分のお寺の法成寺内の阿弥陀堂に病床を移し、臨終の際には北枕にして、五色の糸を自分の手に巻き、それを九体の仏さまにつないで極楽へ…とある。

身内や有力公卿、有力国司に見守られ、天台座主の指導の念仏に導かれて息をひきとったのが3日。しかし、夜に入って口がわずかに動いたのが、あたかも念仏を唱えているようだったという。死の最終確認が4日朝。遺体からは温かみが消えず、その日の夜半まで残ったという。

なんてお美しくてご立派な最期だ。まさに大往生を絵に描いたような臨終場面。きっとこれが、後世への伝説となっていくんだろう。

しかし実際は、胸病(心臓神経症)、糖尿病、眼病などに悩んだ上、死去の年からは急速に悪くなり、6月には飲食を受けつけなくなり、10月5日には死亡説まで流れた。11月に入ってからは失禁状態となり、下痢も続き、衰弱激しく、追い打ちをかけるように背中に膿みができた。24日には意識が薄れ、背中の膿みは乳房ほどの大きさになった。12月2日に医師が膿みに針を刺した時には、道長は絶叫した…とある。

コワ…。

ひどい有様だ。本人確認したところ、「然り」と返ってきたので本当らしい。

痩せ衰えた挙句の激痛とは、気の毒としか言えないな。


そんな亡者道長に一般大衆亡者たちは実に冷たかった。

以前、道長邸が焼けた時、まわりの民家600軒がまきぞえ食って灰になったというし、それらに一言の挨拶もなく、二年後には以前よりさらに広く、デラックスな豪邸を再建した。連日連夜、数百人の労働者が、工事用の巨材を車に積んで市内を通った。しかも最高権力者の力を笠に着た人夫たちは、沿道民家の板戸や柱などを勝手にはずして、片っぱしから車のコロや、道の敷き板に使った。

道長邸の庭池に引いた水も、京の農家の水田用だ。池の方は美しい水を満々とたたえたのだろうが、水を断ち切られた田んぼは赤茶色に干上がった。道長邸が再建された1018年、京は大干ばつに見舞われたが、道長邸の水が放流されることはなかった…と亡者が皆口々に騒ぎ立てる。

ここまで勝手をしていては、庶民の亡者たちにクソカス言われて罵られても文句は言えまい。

極楽のように満ち足りた生き様と、地獄のような苦痛を味わった死に様か。エンマさまの前で、公正な裁きを受けることだな。ま、九体の阿弥陀さまのご利益叶うことを祈ってるぞ。


…おっ?何やら向こうから新規の亡者が走ってくる。


「ゼイゼイハアハア、生前は藤原行成と名のっていた者だ。道長殿はまだ居られるか?」

「行成さん?えーと、本人確認しますから、ちょっとお待ちくださいね」


なるほどな、先ほどの道長と近い縁戚で、精練実直型の能吏であることから、道長に大いに引き立てられた、と。享年56歳。

「あんたも律儀ですね。同じ日に死んじゃうなんて。示し合わせたんですか?」

「別にそういうつもりはなかったのだが…数日前から急に具合が悪くなって…転んで打ちどころが悪かったんだ。我ながら、あっけなさすぎる寿命だと、少々恥ずかしい」

「それほど苦しまなかったんですから、幸せなほうですよ。

でも、ほんのちょっと遅かったですね。道長さんはもうこの三途の川、渡ってしまいましたよ」

「ああ!ひとあし遅かったか!3日に一度蘇生なされた時には、死出の旅をお供しようと心に誓ったのに。三途の川の守どの、速く、速く私を向こう岸に渡してくれたまえ。追いかける。絶対一緒にエンマさまの裁きを受けるぞ!!」

「……」


心底ベッタリなヤツだな、こいつ。

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