未来ガチャ

夏木

ガチャ


 レバーをまわす。一回転。すると、ガランと音を立ててカプセルが出てきた。

 片手に収まるカプセル。半分は透明で、半分は赤い。中身が少し透けて見えるけど、はっきりとは見えない。


 カプセルの上下を反対にひねり開ける。すると中から出てきたのは一枚の紙。

 書かれていたのは「8」とだけ。

 紙を横からガチャ運営スタッフによりのぞき見られて伝えられる。



「はい、八番ですねー。八番は……平社員です」



 俺が回したのは「未来ガチャ」のひとつ、将来の仕事や役職を決めるガチャだ。

 数字が書かれた札が入っていて、その番号に充てられたものが今後の予定になる。 


 何でもガチャで決まる世の中。

 進学先も仕事も役職も。伴侶だってガチャで決まる。

 誰しもが回すガチャなだ。



「よい生活を」



 スタッフに見送られて、ガチャコーナーをあとにする。

 このまま行けば平社員生活が待っている。

 仕事があるだけマシだろうが、平社員と言われると働く気力もなくなるものだ。適当にやって適当なお金をもらう未来。つまらない人生と言われるだろうけど、悪いとは言わない。

 正直微妙、というところだろう。



「おめでとうございます、資産家です!」



 カランカランと祝うベルと共に聞こえた声。

 俺の次にガチャを回した人が、「資産家」を引き当てたらしい。「やったー」と言うその人は俺以上に冴えない顔をしている男だった。



「ちっ……」



 もし、俺の前にもう一人ガチャを回していたら。そうしたら俺が「資産家」になれたはずなのに。

 平社員と資産家。大きく違う未来だ。

 舌打ちだって出てしまう。



 こんなはずじゃなかった。

 俺だって平じゃなくて、もっと社長とかになるはずだ。

 もっと、もっと上に。

 平社員は嫌だ。

 違う役職に。

 ……そうだ、もう一回回そう。そうしたら違う未来が待っているはずだ。

 俺はもう一度、ガチャの方へと向かう。



「あれ? 先ほど八番が出た方よね?」



 そばにいたスタッフに言われた。それに頷いて返せば、困ったような顔をされる。



「うーん、コチラのガチャは初回無料なんですが、それ以降は有料になっているんです」

「いいです、払います」

「……高いですが、よろしいですか?」

「はい。いくらですか?」



 提示された額は想像以上。

 でもバイト代をコツコツためた分があるし、いっかは何とか賄える。



「お願いします」

「……かしこまりました。回す前にもう一度確認いたします。こちらのガチャは二回目からは有料となり、前回引き当てたものに上書きされます。なので今回の場合、一回目の結果はナシになると思ってください」

「はい」

「ラインナップはコチラです。カプセル内に入っている番号と一致するものが貴方の未来になります。もしガチャが詰まった場合、払い戻しややり直しは出来ませんのでご注意を」

「はい」

「また返品や譲渡、交換は出来ません」

「はい」

「今後、ラインナップが増える場合もあります。その際に再びガチャを回す場合は、初回ではなくなりますのでご注意ください」

「はい」



 一通りガチャのルールを聞く。

 これは一回目を回すときにも聞いたものと同じだ。だから、全てはいで返す。



「全てに了承いただけましたら、コチラにサインをお願いします」



 渡された用紙にサインをし、いざガチャへ。

 深呼吸をしてからレバーを回す。今度こそ、資産家に。いや、社長に。ううん、もっと稼げるものに。平社員じゃないものに。

 願って回していく。ガラガラと中でカプセルが回り、カプセルが――……出てこない。



「あらあら、これは詰まりですね。残念でした」



 スタッフが機械の中を覗いて言う。



「は? カプセルは?」

「ですから詰まりなのでありません」

「は?」

「事前に説明もしていますし、サインも貰っています。詰まりによるものなので、お渡しするカプセルはございません」

「はぁ!? じゃあ、俺の未来は? 金は?」



 高い金を払って何なし? そんな事あってたまるか。

 スタッフにとい詰めるが、にこやかに口元だけ笑いながら言う。



「何もありません」



 そんな。カプセルなしなんて。

 じゃあどうなるんだよ、俺は。

 膝から崩れ落ちる。



「お次の方がお待ちなので、お帰りいただくか、並び直してもう一度回すかですね。では、さようなら」



 黒服の警備員が俺の腕を持って立たせ、ガチャコーナーから追い出された。

 もう一回回すお金はない。

 このガチャで未来が決まるっていうのに。

 俺は今後どうなるんだよ。


 途方に暮れながら、帰路につく。

 無一文、無職予定。想像したら頭が痛んできた。

 真っ黒な空の下をトボトボと歩く。足が重い。

 フラフラしつつも歩いていると、突然まぶしいほどの光で目がくらんだ。

 直後、鼓膜を裂くようなブレーキ音がしたと思うがその後のことは分からない。ただ、身体が空を飛んで酷く全身が痛んだ。




































「よかったんですか、先輩」



 店じまいしたガチャコーナーには、スタッフが二人しかいない。そのうちの一人が未来ガチャの補充をしながら先輩スタッフに聞く。



「何が?」

「ほら、二回目のガチャ回した人! 詰まった人っすよ」

「ああ、あの人。なんで? 気になる?」



 後輩スタッフはまだガチャ担当になってから日が浅く知識も乏しいので、「もちろんっす」と食い気味に答えた。



「未来ガチャが出てこないってことは、そもそも未来がないってことだし、どうにもならないからね」



 ほら、と先輩は口元に人差し指を立てる。

 言われた通りに耳をすませば、かなり近いところで救急車や警察のサイレンが鳴り響いていた。



「事故っすかね?」

「事故だろうね。二回目のガチャをやった人だろうね」

「あー……未来ガチャが出ないって、そういうことなんすね。納得」



 未来ガチャが出ない。つまり未来がない。それが意味するのは「死」。

 先輩は「残念だったね」と悲しむこともなくすらっと言う。



「平社員のままにしておけばよかったのに。人間って馬鹿だよね」



 人生はやり直せない。

 未来ガチャも人生と同じ。いくら大金を払ってもやり直せないんだと知らしめることが、彼ら二人の仕事だ。



「さよなら、平社員の予定だった人。生まれ変わったら、何でもやり直しなんて考えはなくしてきてね」



 8番がガチャに戻される。

 せめて事故に遭った人の代わりに、平社員になる人への願いをこめて、カプセルはマシーンの深い底へと沈んでいった。





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