第8話イバは歌う


 喧噪の中、巨体の美しいオーガが踊っている。


 酒場はにぎわっている、十はあるテーブルと二十はあるカウンターのスツールは全て満員で、全員酒を飲み、カウンターの対面にあるステージに向かい歓声を上げる。


 ステージの上では美しい、真っ赤な角を持つ巨体のオーガの女が飛び跳ね、回転し、その生命力をいかんなく発揮し、振りまいている。


 女の横に座り込み、左手一本で横笛を起用に吹く年若いオーガ、その笛の音に合わせ太陽のような笑顔で舞い狂う美しき女オーガ。


 二人のステージは、この店の売りになっていた。


 女のオーガが飛びあがり、横回転に四回転して着地すると同時に笛の音が止み、客たちは歓声を爆発させ、ゆっくりと優雅に、深々お辞儀をする女オーガの横で左腕しかない年若いオーガが笛を木の皿に持ち替え、酒場の席を周り、おひねりを徴収していく。


 客が皿に金を入れるたび、「ありがとうごぜえます」と、年若いオーガは頭を下げ、そのけなげな姿も客が気に入り、より金を皿に入れる。




 二人のオーガは二年前からこの酒場で踊っている。




 どこから来たかは全く話さず、どこに住んでいるかも分からない。ただ毎晩この店で踊り、金を稼いでいた。


 女は客を取らない。


 春を売らない。


 踊りと笛だけで金を稼ぐ、珍しい踊り子だった。


 一回り客席を回った若いオーガがステージに戻ってくると、女のオーガはバンジョ

ーを取り出し、年若いオーガが二本のスプーンを背中合わせのようにつかみ、太ももや胸を叩いて軽妙にリズムを奏でる。


 女のオーガがリズムに合わせ、バンジョーを掻き鳴らす。


 軽快で、弾むような演奏。


 酒場の客たちは手を叩き、足を踏み鳴らす。


「さあ今夜も、飲み明かそう、明日のことなんて、明日のことさ」


 年若いオーガが高く、ハスキーな歌声で歌い出す。


 リズムもピッチもブレず、甘く、どこか物悲し気な歌声が、テンポの速い、軽快なメロディーの曲の上で、跳ねるように踊っている。


「明日のことなんて、明日のことさ、今夜は忘れちまって、楽しく過ごそう」


 バースで跳ねて、コーラスで客は一緒に歌い出す。


 何べんも同じコーラスを歌い、奏でる。


 客たちは曲の終わりにはテンションが最高潮で、年若いオーガが歌い終わるのを待てず、金をステージに投げ込んでいく。


 女のオーガはバンジョーを引きながらステップを踏み、太陽のような笑顔で歓声にこたえる。


 年若いオーガは歌い終わると、深々頭を下げ、左腕一本で、のっそりのっそりと投げられえた金を拾い、もう一度女のオーガと二人で頭を深々下げ、店の奥に下がっていった。

 




 イバは店の奥に下がると、床に座り込み、金を数え始める。


「今日もサイコーだったね! イバのおうた!」


 母は金を数えるイバに後ろから抱き着き、肩越しに頬擦りをする。


「おかあ、邪魔じゃ」


 イバの言葉にトゲはあるが、受け入れているようで、態度は変わらない。 


 おひねりの中には銀貨もあり、これは銅貨百枚分、職人なら一日の稼ぎの半分だ。イバの口元が緩む。


 銀貨二枚に、銅貨百七十枚。


 今日も大入りだった。


 イバはその中から銅貨五十枚を別け、残りを背負い袋から皮袋を出し入れる。


「帰りに、酒でも買うか?」


 そうイバが言うと、母は飛び上がって喜んだ。


 イバは酒場の店主に銅貨五十枚を渡し、店主から「ショバ代は取ってない」と返されるが、「おすそわけじゃ」と、ムリに渡し、店を裏口から出る。


 母に頭からすっぽりと全身が隠れるマントをかぶせ、自分もかぶり、夜までやっている酒屋でワインを買い、人目を気にして何度も曲がり角を曲がり、尾行者がいないことを確信してから町を出て森に入る。


 森の中の洞窟に入り、洞窟の奥にある木でできた扉を開けると、木の床に漆喰の壁、中はシッカリと部屋になっていた。


 暖炉があり、その前に揺り椅子に一人の老婆が座って本を読んでいた。


「おや、イバちゃん、ユーイーちゃん、おかえりね」


 老婆はそう言い、イバは軽く左手を上げ、母は、


「ただいまおばーちゃん!」


 と、嬉しそうに駆け寄り、老婆を抱きしめる。


 老婆は嬉しそうに母の背中に手を回し、頬をつけ合う。


 老婆はエルフで、見た目がここまで老いていると、もう寿命が尽きようとしていることになる。


 老婆の名はスウザントと言い、死を迎えるにあたり、森で一人朽ちようとここに居

を構えた。


 二年前イバと母がこの森にやってきて、スウザントは二人を気に入り、一緒に住むようになった。


 母であるユーイーは特殊なオーガだ。


 その体には溢れんばかりの魔力が渦巻いている、が、全く魔法を使えない。


 ここまで強い魔力を持つ生き物をスウザントは知らない。


 ユーイーがエルフであったら、歴史に名を遺す魔法使いになっていただろう。


 しかし、スウザントが気になっているのは、子どもイバのほうだ。


 イバの体には魔力が全く感じられない。


 魔力がない生き物はいない。獣だろうが、鳥だろうが、草木だろうが魔力を持っている。


 なのにイバは全く魔力を感じさせない。


 異常なことだ。


 だが、スウザントはこのような事例を知っている。


 自分の師である大魔法使いと言われたハッフペイは、魔力コントロールが完璧すぎるが故、体から漏れ出す魔力が一切なく、このオーガの少年イバと同じように魔力を全く感じなかった。


 イバの母ユーイーと同じく、大量の魔力を持っていて、それをコントロールしているとするなら、師ハッフペイを超える大魔法使いと言うことになるが。


 イバがじっと自分を見ていることに気がつき、スウザントはユーイーの背から手を解き、イバに顔を向ける。


「おばあ、手」


 イバに言われスウザントが右手を出すと、イバは左手でその右手の上に銀貨を一枚置いた。


「家賃じゃ」


 イバはそう言うと、仕事道具である楽器たちを片付け出す。


「イバちゃん、いつも、もらい過ぎよ」


「いいんじゃ、今日は儲かった」


 イバはスウザントの言い分をきかず、夕食の用意を始める。


 暖炉の火を使いチーズを溶かし、切ったパンの上にのせる。


 ハムを切り、暖炉の火で炙る。


 母は解けたチーズが嬉しいのだろう、かぶりついて頬を栗鼠のように膨らませている。


「おばあも食え」


 イバは解けたチーズをのせたパンをスウザントにも手渡す。


 イバが買ったパンとチーズ、スウザントは二人の仕事を知っているし、それほど裕福でないことも知っている。


 そして自分は多くの弟子を持ち、この国で第一位にまで上り詰めた魔法使いである。金なら、まさしく死ぬまでに使い切れないほど持っている。


 少ない収入から、自分の食い扶持も出してくれるイバの心意気とやさしさに、心が熱くなるのをスウザントはいつも、イバに食べ物を、金銭を、渡されるたびに感じていた。


「イバちゃん、欲しいものとかない?」


 スウザントがそうイバにきくと、


「おかあが幸せなら、それ以外いらん」


 とぶっきらぼうに答えるイバの心根に、スウザントはすっかり、心から、イバのことを好きになってしまっていた。


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茨木童子 異世界で 極貧オーガに 転生す 大間九郎 @ooma960

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