第4話

「この取引は杭州蛇骨会と上海九龍会のルートを作る重要なものだ。潰せば信頼関係はご破算、それが狙いだ」

 刺青男は哄笑する。孫景が曹瑛の方を見やり、目配せする。曹瑛は瞬きで頷いた。

「それならお前らも道連れだ」

 孫景がフライトジャケットの裾を広げた。そこには糸で吊られた五つの手榴弾がぶら下がっている。糸の先は孫景の親指に繋がっていた。


「撃ってみやがれ、死ぬ前にピンを抜いてやる。せいぜい走って逃げろ」

 孫景が豪快に笑う。黒服たちはどよめき、一斉に怯んだ。曹瑛が背中のホルダーからバヨネットを抜き、右手に立つ黒服の手の甲に突き立てる。悲鳴と血しぶきが上がり、曹瑛は怯んだ黒服から自動小銃をもぎ取り、孫景に投げた。孫景は受け取りざまに対角線上の黒服に向けて撃つ。三発の銃声、同時に曹瑛のバヨネットが黒服の腕を切り裂いていく。黒服たちは血まみれで呻き声を上げながらアスファルトの上でたうち回っている。


「貴様ら、ふざけやがって」

 一人残った刺青男が叫びながら銃口をこちらに向けた。瞬間、曹瑛のスローイングナイフが肩口に突き立っていた。刺青男は銃を取り落とし、膝をつく。

「ナイフを抜けば死ぬ。そのまま助けを待つことだ」

 その場に立つのは孫景と曹瑛のみ。農道を通りかかった乗用車が慌ててスピードを上げて走り去って行った。

「トラックはもう駄目だな」

 孫景が肩をすくめる。

「ここに代わりがある」

 曹瑛が視線で示す。二人でトラックの積み荷を黒のボルボへ移した。孫景がエンジンをかける。

「高級車は違うな」

 スマートな始動音に孫景は満足げにひとりごちた。


 上海中心部へ向かう幹線道路に合流した。この旅も終わりが近い。

「おまえ、兄弟がいるのか」

 孫景の問いに曹瑛は静かに目を閉じる。しばし考えて、灰皿でタバコを揉み消す。

「兄がいた。だが、組織に俺を守ろうと抵抗して殺された」

 他人事のような淡々とした曹瑛の語りに、孫景は絶句する。

「生き残った俺は組織で暗殺者として育てられた」

 孫景は黙って目を細めた。裏社会には過酷な過去を持つ者が多い。曹瑛もその一人だったのだ。

「俺は殺しが天命とは思わない」

 曹瑛は窓の外を見やる。スモッグに煙る灰色の空を見つめるその黒い瞳は、深い森の奥の静謐な湖のように澄んでいた。


 上海市街の渋滞を抜け、黄浦江沿いの指示された倉庫へ向かう。河に沿って車を走らせていると、クレーンの先端が襲ってきた。孫景は慌てて車のハンドルを切る。停車したボルボの周囲に二十人以上のごろつきが集まってくる。孫景と曹瑛は頷き合い、車を降りた。

「温州での仕事を済ませた帰りに上海まで車に乗せてもらうだけと聞いていた」

 曹瑛は面倒臭そうにため息をつく。

「ははは、お前欺されたな」

 孫景は笑う。曹瑛も吊られて笑う。暴れるだけ暴れるか、二人が目配せをしたそのとき。ごろつきを取り囲む黒スーツの集団が現れた。手にはマシンガンを持っている。


「お、何だ、援軍か」

 孫景が驚いている。曹瑛も警戒しながら様子を伺っている。

「散れ、この荷は貴様らが手出ししていいもんじゃねえ」

 黒服の首領がごろつきどもにこの場から消えるよう命じた。ごろつきどもは怯えて蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「ご苦労だった。積み荷は確かに受け取った」

 首領が一礼する。胸元のバッジに「九龍」の文字。上海九龍会の男だ。孫景はほっと安堵の溜息をついた。

「何を見ている」

 曹瑛が己の顔を凝視する首領に冷たい視線を向ける。

「いや、気のせいか」

 首領は短くなったタバコを靴底でコンクリートに擦り付け、積み荷を倉庫へ運び込むよう指示を出し踵を返した。


「劉老師、温州からの荷物、無事に到着しました」

 首領が倉庫内の木箱に座る無精髭の男に報告する。劉と呼ばれた無精髭の男は箱から軽やかに飛び降りた。

「運び屋はたった二人か、なかなかええ仕事するやないか」

 無精髭をさすりながら劉は目を細めた。

「どれどれ、ちょっと顔拝んどこか」

 倉庫から顔を出すと、黒いボルボが積み荷を降ろし終えて走り去っていくところだった。

「残念やな、どんな奴か会ってみたかったな」

「二人の情報を集めますか」

「まあええ、ええ仕事する男たちならそのうちどこかで会うやろ」

 劉は遠い瞳で名残惜しげに遠ざかる車を見送った。


***


 上海虹橋駅構内。大勢の人が行き交っている。

「お前と仕事ができて良かったぜ。俺と組まないか」

 孫景が曹瑛の肩をバシンと叩く。曹瑛は迷惑そうな顔をしているが、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。

「俺は誰とも組まない」

「そうか、またどこかで縁があるだろう。これからハルビンへ帰るのか」

 虹橋駅には空港が隣接している。航空券は準備済みだ。

「ああ、お前はどうする」

「俺は待ち合わせしててな」

 孫景はそろそろ来るはずだと周囲を見回している。


「兄貴」

 ショートカットの若い女性が満面の笑みで手を振り、小走りに駆けてくる。

「元気そうだな、香月」

「うん、兄貴も相変わらず」

「こいつは俺の妹、孫香月。南京の総合病院で心臓血管外科の医者をやってる」

 孫景は誇らしげに妹を紹介する。曹瑛は一瞬目を見開いて、ぎこちなく微笑んだ。


「お前は妹を助けることができたんだな」

 曹瑛の言葉に孫景は香月と顔を見合わせて頷いた。

「兄貴が必死でお金を貯めて、アメリカで心臓のバイパス手術を受けられるように手配してくれたんです。それで、私も同じように苦しんでいる人を助けようと思って」

 その後も医学部に行く金を工面したのは孫景だという。他の兄弟たちも大学へ行き、目指す仕事ができているのは孫景のおかげだと。

「俺以外の兄弟はみんな真っ当な職についているんだよ」

 孫景は豪快に笑う。


「兄貴、これまだ大事に持ってたの」

 香月が孫景のリュックについたパンダのマスコットを手にする。

「ああ、お前との約束を忘れないようにな」

「これから上海動物園にパンダを見にいくんです」

 医者と闇ブローカー、互いに都合の調整が難しく、今日やっと念願が叶ったという。香月は嬉しそうに微笑む。

「お前も一緒に行くか」

 孫景の誘いに曹瑛は遠慮しておく、と手を振った。


「元気でな、また会おうぜ」

 孫景の言葉に曹瑛は縁があれば、と答えて踵を返した。

「なんだか根暗そうな人ね、兄貴の友達もいろいろいるのね」

 香月の言葉に孫景は思わず吹き出した。

「そうだな、でもあいつ意外と良い奴なんだぜ」

 孫景は雑踏の中に消えてゆく曹瑛の背中をいつまでも見送っていた。


 再見。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その旅路、遥なり 神崎あきら @akatuki_kz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説