3. ふたりの帰り道
『講評』の後はいつもの文芸部にもどって、普段どおりの活動をした。そんな帰り道。
由貴子と私の家は近所だから、部活が終わって何もなければ自然に帰りも一緒になる。いつもと同じ道を歩いてるだけなのに、今日はさっきのアレが効いててちょっと緊張してる。
何、話せばいいんだろう……?
わざわざ自分から言い出すのは恥ずかしいし、何もなかったみたいにするのも不自然だし……。
何となく気もそぞろで、ちょっとちぐはぐな会話をしばらく続けてた。
由貴子の方も、どこか別のコトを考えてるみたいで――
「あー! もう無理! ねえ、さっきの続き話してもいい!?」
私の少し先を歩いてて、しばらく黙り込んでたと思ったら、由貴子が突然大振り向いて声を上げた。
びっくり。でも私と同じように思っててくれたのが嬉しい。
「私は……大丈夫だよ。うん。どんな言葉でも受け止めてみせる」
お芝居みたいな台詞は、気恥ずかしさの裏返しだ。今は周りに人がいないから、どんな言葉が来ても不思議じゃない。
由貴子の表情も、部室ではどこか遠慮してたみたいだけど、今は全然――
「大げさ! 私、未玲の中でどんなキャラなの? ね、あれすごく面白かった」
「ホントに……? ホントなの!?」
「全部教えてって、言ってたでしょ? さっきは部のみんなも聞いてたから、それっぽいコト言わなきゃって思ってさ。あれじゃまだ足りなくて」
それから由貴子は、私の書いた物語の『好きなトコ』を、延々と話し続けた。
町の景色。寄せては返す波の音。主人公が見てるキラキラしたものたち。
偶然が引き寄せた3人。友情と恋愛感情の合間で、揺れ動く心――。
由貴子の言葉は的確で厳しいけど、少しだけ優しい。だから文芸部には、由貴子のファンが少なくない。私だけじゃなくて他に何人も、由貴子に原稿を渡して読んでもらってるのを私は知ってる。
だけど今は、私ひとり。由貴子の言葉を聞いてるのは、私ひとりだけだ。
幼なじみの私にとっても、今日の由貴子の様子は珍しい。本は昔から好きだったけど、こんな風に、感情にまかせて感想を言うことは、今までなかった。
ちょっとだけ、自分が、自分の書いたものが、そうさせたのかも? って思ってしまう。もし、本当にそうだったとしたら……。
嬉しい。嬉しい。本当に嬉しい。
楽しそうに話す由貴子の表情に、心が躍り出しそうだった。
*
「あーよく喋った。なんかさ、今日の私っていつものキャラじゃなくない?」
楽しい時間の終わり。由貴子は名残惜しそうに言った。この交差点を越えたら、あとは一人の帰り道だ。
「そうかも。いつもはもっと冷静で、ちょっと突っ込みがキツイもんね」
なるべく軽く聞こえるように、そう返す。
だけど、由貴子がその冷静な言葉の裏にたくさんの感情を隠してること、私は知ってる。
「これは冷静になれないでしょ、だって――」
そう言いながら、不意に由貴子が私の手を取った。少ししっとりしてる肌の感触に、指先が熱くなる。
「七美のモデル、私でしょ? それに愛菜は未玲だし」
にやり。
不敵な笑みを浮かべる由貴子に、視線が思わず泳いだ。
ばれてたか……。そりゃ、わかるよね。由貴子の口癖とか、ちょっとアレンジして七美に言わせてたし……。
「あー、やっぱり分かった? 成樹は特にモデルいないんだけどね。七美と愛菜は……そうだよ。由貴子ちゃんと、私」
由貴子が満足げに頷く。私の右手は、由貴子に握られたままだ。
「ねえ、もう一個いい?」
「い、いいけど……」
「七美って、愛菜のことが好きでしょ。裏設定っていうの? ふつーに読んだら七美は愛菜のライバルで、成樹が好きになったから愛菜にキツく当たってるけど、ホントはやきもちとかで――」
「あー! そこまで! もうそれ以上はだめ~」
思わず由貴子から手を離して、それから意味もなく足踏み。マンガだったら、転がり回ってるところだ。
大げさに言ってみたけど、半分以上は本音。無理。ホント無理。そう言って走り出したいくらいの気分だった。
――
私が自己満足で仕掛けた、表の三角関係と裏の三角関係。
誰にも知られないように七美に託した、私の願望を――。
変な汗が、背中を伝うのが分かった。
何とか気分を落ち着けて、由貴子の方に向き直る。私の秘密を見つけて、からかう様な表情が、ちょっとにくらしい。
「由貴子ちゃん、このコトは、みんなには……」
「言わないよ。誰にも」
それから一歩。不意に由貴子が距離を詰めて、私の耳に口を近づけた。
「だってこれは、未玲と私の秘密でしょ?」
ささやく様にそう言って、目を細める由貴子。
意思が強くて、その分キツイ性格に思われがちな彼女の雰囲気は、それだけでぐっと柔らかくなる。
でもこれは、誰も知らなくていいコト。いつの間にか、離した手がまた握られている。
「うん、秘密。ありがとね、由貴子ちゃんに読んでもらえて、本当に嬉しかった」
私はうなずいて、一息ついて、それから由貴子の手を握り返す。
*
私が描いた、一つの小さな物語。
物語に込めた思い。私が一番に伝えたいコト、その相手。
由貴子。私の物語の、最初の読者。
私にとっての、特別な存在。
ここではない、どこか。海の見える学校で始まった七美と愛菜の物語は一夏の短編で終わったけれど、三穂由貴子と古萩未玲の物語は、山あいの小さな町の小さな部活から始まったこの物語は、きっとまだ始まったばかりだ――。
最初に君に読んでほしい 黒川亜季 @_aki_kurokawa
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