2. 放課後の文芸部室(2)
とんとん。何かの合図みたいに、由貴子が原稿用紙を机の上で揃える。それから、肩の長さの髪を片手できゅっと絞る。これは、考えをまとめようとしてる時の由貴子の癖だ。
私は息をのんで、由貴子の言葉を待った。
「主人公の――愛菜だっけ? 愛菜がちょっとおっちょこちょい過ぎる気がするけど、短編だからね。このくらいクセが強くてもいいと思う。爽やかイケメンの成樹はいいね、少女マンガに出てくる王道のモテ男子って感じ。親友の七美も愛菜と正反対で、性格が話し方によく出てる。3人の会話もすっと読めたよ」
聞き耳を立ててるみんなが、おおーっと小さく声を上げるのが聞こえた。緊張しすぎて、何だかこの状況にちょっと笑いそうになる。
「ありがとう」「ただ」
お礼の言葉に被せるように、由貴子が続ける。
「愛菜と成樹を近づける出来事が、ワンパターンだと思う。小さな頃と、小学校と、それから高校に入ってからだっけ? 高校のは転校生だから違和感ないけど、小学校のあれはちょっと無理がある気がする」
来た。図星だ。物語をキレイに進行させるために私が仕掛けた、偶然という名前の伏線。
幼い頃、母親に連れられて行った公園。いじめっ子に追いかけられた愛菜を、近くで遊んでた成樹が助ける。
小学校の頃、父親の生まれ故郷での夏祭り。親とはぐれ、ちょっとガラの悪い子たちに絡まれていた愛菜を、通りかかった成樹が助ける。
高校生、放課後の学校。明日から転校してくる成樹が、屋上で海を見ていた愛菜と出会う。
幼い頃と小学校のエピソード、被りすぎだよね……。好きなシチュエーション重ねすぎた。自分でも無理があるって思ったら、やっぱり読んだ人もそう思うよね。これは、反省……。
「うー。やっぱり由貴子ちゃんもそう思ったか~。だよね。さすがにあれは無理があったよね」
「偶然は、あってもいいと思うんだ。だって離れて暮らしてるんだし。だけど小学校の時の偶然は、もっと違う形で私は見てみたい」
「そっかー。小学校の時の……。うーん……、って、違う形!?」
指摘を受けとめるのに精いっぱいで、その言葉に気付くのがちょっと遅れた。床の上をさまよいそうになってた視線を跳ね上げたら、少しだけ表情を緩めた由貴子と目が合った。
「うん。成樹のいい所ってさ、強さよりは優しさって気がするんだよね。愛菜を助ける場面も、悪いやつを懲らしめるより…… そうだなあ、困ってる愛菜に気付いて声をかけてあげるとか、心細い思いをしてる愛菜に大丈夫だよって笑ってあげるとか、そういう方が私はしっくり来るかな」
「……!」
絶句。厳しい言葉までは予想してたけど、こんな言葉をくれるなんて想像もしてなかった。
「未玲……? おーい、帰ってこーい」
私の目の前で、由貴子が大げさに手を振る。感情が高ぶるとぼーっとなってしまうのは、私の悪い癖だ。それを現実に引き戻すのは、由貴子の役目。
いつものやり取りで、部室の空気が軽くなったのがわかった。
「ちょっと……。由貴子ちゃん……。すごく嬉しいんだけど……」
「なにうるうるしてんの。え、私、何か変なコト言った?」
「変じゃないよ……。やー、何かさ、由貴子ちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて、思わなかったから」
「だって未玲、一生懸命書いてたじゃん。だから私だって、この人たちがどんな人たちなのかなって、未玲が見てたものを一緒に見たいって思ってさ――」
由貴子には、昔からこういうところがある。
はっきり意見を言うから人とぶつかるコトはあるし、自分のことになると先回りして色々と難しく考えるとこもあるけど、他人の努力を笑ったり、馬鹿にしたりは絶対にしない。
私が描いた3人がどんな人たちなのか、想像をめぐらせて、それからこんな風に言ってくれたのが伝わってきた。私よりも、彼女たちのことを考えてくれてるみたいで、すごく嬉しい。
「わかった! 由貴子ちゃん、ありがとう! まだ締切までは時間があるから、小学校のとこは考えてみるよ」
「今日は、ゆっくり休みなね。目の下、くまがスゴイよ」
「うそー、やだー」
鋭く光ってた(少なくとも私にはそう見えた)由貴子の視線が、ふっと和らいだ。
周りの子たちがどっと笑う。それでこの小劇場はお開きになった。
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