最初に君に読んでほしい
黒川亜季
1. 放課後の文芸部室(1)
――アイディアは、とてもいいと思う。未玲、海が好きだもんね。
放課後。いつもはのんびりとした空気の文芸部室に、ちょっとだけ緊張感が漂っている。
小机を挟んで向かい合ってるのは私と彼女の二人だけど、周りのみんなも意識をこっちに向けてるのが分かる。
彼女は、
私たちの通う高校は、町の名前がそのまま校名になってるような「小さな町の小さな学校」で、伝統的に運動部の活動が盛んだ。そういう活発な部活に興味のない子たちは、吹き寄せられるようにたくさんある文化系の部活に入ることになる。
由貴子や私がいる文芸部は、その中でも真ん中くらいの元気さ。他校と交流するほどじゃないけど、部活自体が幽霊ってほどでもない。
基本は「文芸」に関するコトなら何してもOK。
本を持ち込んで好きなだけ読むのもあり、詩を書くのもあり、小説を書くのもあり(私はココ)。
男子部員の中にはびっくりするくらい詳しい評論を書く子もいるし、デザインとか挿絵に凝る子も必ずいて、年に何回か出している文芸誌では重宝されてる。
それで今。文芸部で不定期に開かれる『講評』の時間だ。書き手が読み手を指定して、事前に渡した作品についてコメントをもらう。このお堅い呼び名も席の場所も部の長い?歴史の中で決まってて、「他の人は聞いてもいいけど口は出さない」「別の話をしててもいいけど声は小さく」みたいなルールも一緒に受け継がれている。
由貴子の手にあるのは、ついこの間完成させた私の小説。この半年間の、私の苦労と汗の結晶だ(ちょっと大げさだけど)。
「ねえ未玲、今更だけど…… 普通に感想言うだけじゃダメ?」
「お願いしたでしょ。読んで、思ったコトは全部言ってほしい。だから『講評』にしたの」
*
遡ること、3日前。月曜日の夕方。
日曜日の夜中までかかって、へろへろになりながら書き上げた原稿を、私は決死の思いで由貴子に手渡した。
――主人公は、屋上から海の見える高校に通う2年生の女の子。
夏休み前に転校してきた男の子と、それから主人公の親友の女の子。3人で過ごす夏休みの物語だ。
私の住んでる小さな町は、海からとても遠い。
だから何度か海水浴に行った記憶を掘り起こして、憧れをめいっぱい詰めこんで、「海辺の町」とそこに暮らす主人公たちを描いた。
見せよう、いややめよう、やっぱり見せよう、でも恥ずかしい……。
朝、あまり人目に付かないトコでさり気なくぱっと渡すつもりだったのに、いざやろうとすると足がすくんでしまって、結局は放課後までもつれ込んだ。渡せたのは、帰り道の、ホントに最後の方。
私と由貴子の家はこの町の外れの方にあって、周りには同じクラスの子も文芸部の子もいない。だから帰り道は二人だけになることが多くて、誰もいないそこがラストチャンスだった。
由貴子は、ちょっと驚いてた。だけどすぐに察してくれて、「わかった、読む」って言ってくれた。
自分の手から離れたら少し楽になったのかも知れない。用意してきた「お願い事」もちゃんと言えた。
これを、今度の
由貴子は、文芸誌の編集を担当してる。だからそこに載る詩も小説もイラストも全部目を通すことにはなるんだけど、その前にどうしても渡しておきたかった。
原稿用紙が詰まった封筒を、由貴子はしばらくじっと見てた。
それから顔を上げて、いつもの生真面目な表情で言った。何かを真剣に考えてる時の由貴子は、怒ってるみたいでちょっと怖い。
「講評……だっけ? 文芸部員としての感想なのね? わかった。でもいいの?」
続きは、聞かなくてもわかる。講評を選んだら、みんなの前でコメントするし、褒めるだけじゃ済まないよって、そう言ってるんだ。
まだ読んでもらってもないのに、すごく緊張する。でも何とか声を絞り出した。
「うん。由貴子ちゃんが読んで感じたこと、全部教えてほしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます