シュヴァルツェア・ヤグンド ――青防の守り人 外伝――

時雨 恭志

プロローグ:ヨーロッパという”楽園”(一)

 ――爆音。緋色の空。地を見下ろす。

 辺りは人で埋め尽くされていた。我先にと、まるで発狂したかのように叫び、駆け出す人々の群れは、よく見ると一丁の黒色ベースの自動小銃が握られている。服装も同じ色で、この『フレーム』と呼ばれるパワードスーツ『シャルフ・ファング鋭い牙』の網膜投影システムに搭載されているズーム機能を持って凝視すると、右腕に腕章が見える――恐らくこれは名誉フランス人の腕章で、手に持っているのはフレーム用の自動小銃である『FA-MAS F』、そして纏っているのはダッソー社の第三世代型、正式名称『プリュイ・ジョーヌ黄色い雨』というモノだろう。


 そして走り疾走る彼らの下にも人がいる――否、正確には人ではない。顔面を穿つようにぽっかりと穴が空いたそれは、断面から脳漿が飛び散り、その茶色く濁った水たまりに脳の肉片を浸しながらてらてらと輝いていた。


 そこから数メートルほど離れた場所にも人だったものがいる。こちらは体の至る所がなくなっており、恐らく男性だろう、その生殖器官は死後硬直で硬くなり、軍服から白濁液をまとった肉竿をのぞかせ天を仰いでいる。


 みな、私達が殺した――殺されたものもいる、そう言った方が正確か。

 かなた遠方や近辺から聴こえる爆音と、地上から薫る硝煙の香り。そしてきつい人肉と髪の毛の焼ける匂いが、まるでキリスト聖書の用語の一つである永遠の地獄ゲヘナを表しているかのように見えた。


 私は周辺を見渡し、状況を確認する。戦闘開始から十九日の、入りの太陽の光と爆炎に浴びせられて焼ける空。現在私がいるのは高度三百メートルの上空で、相手はフランス軍。戦力は彼らの主力である名誉フランス人――彼らの兵の一種だ――とその纏いしもの『プリュイ・ジョーヌ』の多さでこちらが負けているが、戦況としては作戦が第二段階に移行しているこちらが有利なはずだ。

 なぜなら――



 かかる一声。その言葉に該当する私は、『構え』と、冷淡な口調の通信音声を聞くと、それまで構えていなかった無骨な見た目の大型機関銃のセイフティを解除。そして自身の視界の中央にある照準十字線とマガジン内残弾数が最大値であることを確認しつつ、すぅー……、と息を深く吸うと同時に各所にあるバーニアを使って姿勢制御。その後体勢を下に向けて機関銃を構え直し、「撃ち方始め」の合図があるまで待機する。刹那――


『撃ち方、始めッッ!!』


 引き金を引く音と号令。それと共に空に広がる発火炎と、辺りに響く重い炸裂音と反動。現在装填されている弾頭は、近接信管に換装した12.7ミリAP-HE弾で、これはわかりやすく説明すると、敵を貫き、そして内部で爆発する信管及び弾頭を搭載した弾丸である。

 そして説明の様に、発射された弾は物理法則に従って一定のラインを描きながらフレームに着弾。一瞬の内に『プロテクター』という、彼らとわたしたちに共通する、纏っているモノの機能の一つであるハニカム模様のバリアと更に奥の『ライフセービングシステム』というバリアを余力で貫通し、人体に直撃。

 そして――


『――撃ち方やめ!』


 号令。同時に何かが破裂する音が聴こえると、先程よりもきつく、髪の毛などが焼ける匂いが地上から漂ってくる。私はバーニアを使用して姿勢を元に戻しながら銃を下ろし、いつもの手順を辿るように射撃箇所を確認すると、銃を持っていない方の手を使い、、手早く空になった弾倉を器用に交換すると、その弾倉も先ほどとは逆に

『相変わらず酷いですね……この弾頭……』

『……怖いか?』

 左隣――と言っても数メートルほど離れているが――の、隊員であるアンネリーゼの通信システム越しの声。『はい……』と素直な答えに、私は冷淡な口調で

『だが此処で情けをかけていては、いずれ自分や仲間、挙句の果てには自身の家族にまで死傷者を出す羽目になる。それを防ぐためには作戦を遂行することに限る。

 ――相手が人だろうと犬だろうと絶対に情けはかけるな。解ったな?』

『り、了解です……』

 アンネリーゼはそう言うと、『――エルザ大尉って、すごい……』と呟きながら通信を切る。


 ――この徹甲榴弾はまだ運用されて間もない。それに、かく言う私もその威力に震えている。この弾頭が自分たちの手ではなく、相手側の手にあったらと思うと背筋が凍る。

 だが、これを使わずして同胞や作戦に報いる事はできない。


 私はアンネリーゼの声を聞くと同時に、『シャルフ・ファング』を纏った彼女他、此処――統合ドイツとフランスの国境に位置する上空三百メートルに展開されている、我が軍の航空フレーム部隊をユーザーインターフェイス越しに一瞥する。

 現在上空に展開されているフレーム部隊は総勢四十機ほど。部隊数は八。つまり一部隊につき五機の配備になる。それぞれが大型の機関銃を装備した、さながら中世の重装歩兵のような見た目の黒い装甲を纏った私達は、等間隔に展開されたその距離を崩すことなく空中に留まっている。


『各機、左舷及び前方よりパルス検知。

 データベース照合の結果、陸上にいる敵の同型機『プリュイ・ジョーヌ』の飛行パッケージ搭載版と思われます。――迎撃体制に入ってください』

 淡々とした通信が入ると同時に無数の風切音が機体の周囲に展開されている『プロテクターバリア』を掠め、それらの中でも何発かが直撃。『プロテクター』は貫通しなかったものの、耳鳴りにも似た高周波数帯の音が、聴覚補助機能の一つに抑制されながら刹那的且つ断続的に響く。

『各機、全武装安全装置解除! 散開して敵機を迎撃する!! ――散開ッ!』

 私は隊員にそう指示すると、右手に持ち、現在は下げている大型機関銃を粒子にして格納すると、何も持っていない方にブレードを展開。見た目と比例した重い感触にどことなく親しみを覚えながら

「――ッ!」

 背中に取り付けられたアームに装備された、双胴機のような形をしたスラスターユニットを思い切り吹かし、急加速する。途端にかかるGに耐えながら、私は左右上下へと、更には斜め方向へと、各所の姿勢制御バーニアとスラスターユニットを吹かしながら前進する。


 そして――

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シュヴァルツェア・ヤグンド ――青防の守り人 外伝―― 時雨 恭志 @yuzuriha0605

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