第8話「剣聖(偽物)、前線に向かう(2)」

 浄化じょうかは完了した。これで大丈夫だ。

 大丈夫……だよな。手順は間違ってない。

 これで『黒い魔力』は消えたはずだ。問題ない。


 問題はないはず……だけど。

 誰かが食べて食中毒を起こしたら困るな。

 まずは俺が『ジャイアント・ボア』の肉を食べるべきだろう。


 でも……俺は魔物の解体のやり方を知らないんだよな。

 ……どうするかな。

 

「あの、カイトさま」

「うん」

「『ジャイアント・ボア』に、なにをなさったのですか?」

「浄化」

「浄化を!?」

「というか、下ごしらえ?」

「下ごしらえですか!?」


 俺の言葉を聞いたメリダが、目を見開みひらく。


「た、確かに『黒い魔力』が消えるのを見ましたが……え? 巨大な『ジャイアント・ボア』を一瞬いっしゅんで? 完全に浄化されたのですか!? どうしてそのようなことが!?」

解体かいたいを」

「え?」

「魔物を解体できる人を、呼んで」

「は、はい。ただいま呼んでまいります!」


 メリダが走り出す。


 数分後、メリダは兵士たちを連れて戻ってきた。

 話は通っていたようで、兵士たちはナイフを使い、手早く『ジャイアント・ボア』を解体していく。

 魔物の皮や爪、牙などは素材としても使われている。

 だから、兵士は解体に慣れているらしい。

 巨大なイノシシはあっという間に肉のかたまりになっていく。


「信じられません! 『黒い魔力』が完全に消えています!!」


 魔物を調べていたメリダが声をあげた。


「『魔物可食実験まものかしょくじっけん』のときと同じです。これなら……」

「確かに、肉を切ったときの感触かんしょくが違いますな!」


 兵士のひとりが言った。

 彼は、解体に使っているナイフを見て、おどろいたように、


「肉がやわらかくなっております。しかも、魔物の血はもっと刃にからみつく……べとべととした不快なもののはずなんですが……こいつは、普通の動物と変わりません」

「そうなのか?」

「はい。剣聖殿下けんせいでんか

「食べられそうか?」

「それは……どうでしょうか……?」

「そうか」


 俺は兵士にうなずいてから、


「ところで、メリダ」

「は、はい」

「『ジャイアント・ボア』の肉を、焼いて欲しい」

「ご命令ですか?」

「ああ。あと、塩と香辛料こうしんりょうがあれば」

「しょ、承知しました」


 再び走り出したメリダが、今度は調理係を連れて戻って来る。

 彼は不思議そうな顔をしていたけれど、事情を聞くと、『ジャイアント・ボア』の肉を焼いてくれた。


 焼き上がった肉は……見た感じ、普通のものと変わらない。

 というか美味うまそうだ。

 ワイルドな串焼くしやき肉って感じだ。外国の屋台とかにありそうだな。


「……あれが、魔物の肉?」

「……とてもそうは思えません」

「……おいしそう」


 避難民たちが集まってくる。

 しばらくして料理人が「こんなものでしょう」と、焼けた肉を見せてくれる。

 串に刺さったそれを、俺は受け取る。

 そして、そのまま……かじりついた。


「…………うまい」


 人前で食事をするのは抵抗があるんだけど、仕方ない。

『俺が浄化じょうかしたから安全だ。だからお前が食え』なんて言えないからな。


 うん……味は悪くない。

 少し筋張すじばってるのは野生動物だからだろう。

 食べるために飼育されたものじゃないからな。


 その代わりに味がい。

 なんというか、野趣やしゅあふれる味だ。


 夢中になって食べているうちに、串焼き肉はなくなった。

 かなりの量を食べたけど、俺の身体に異常はない。

 ……これで安全性は証明された、かな?


 メリダは魔術師を集めて『ジャイアント・ボア』の肉を鑑定かんていしている。

 そして全員が『黒い魔力』が消えたことと、肉の安全性を認めた。

 彼女たちは王家に仕える魔術師だ。その評価には説得力があるはず。


 これで避難民の中にも、魔物の料理に興味を持つ人が……。

 食べたいと言ってくれる人が…………。

 人が…………………。

 ………………。


 ……いないな。

 みんな、俺を遠巻きにしてる。

 誰も手をげないし、食べたいとも言わない。


「さすが剣聖さまです!」

「勇者さまの兄君は、魔物の肉に耐性たいせいがあるのですね!」

「すばらしい勇気です!!」


 ……そういうことらしい。


 まあ、仕方ないか。

 魔物の料理なんか、すぐには受け入れられないよな。

 時間をかけて、ゆっくりと広めていくしかないか……。



 ──と、思っていたら。



「ここにいらっしゃいましたか、剣聖殿下けんせいでんか!!」



 陣地じんちに、大きな声がひびいた。

 見ると……十数人の兵士たちが、こっちに向かってくるのが見えた。

 先頭にいるのは長身の男性だ。

 髪は灰色。同じ色の長いヒゲを生やしている。


 背中には深紅のマント。

 マントの留め金についているのはわしのかたちの紋章だ。

 あれは確か……伯爵家はくしゃくけのもののはず。

 となると、あの人物は──


「マークス・ライブニッヒ?」

「さようでございます。剣聖殿下」


 男性──マークス・ライブニッヒは、うやうやしく礼をした。


剣聖殿下けんせいでんか直属部隊ちょくぞくぶたい閃光の魂フラッシュ・スピリット』の副隊長である私に、他人行儀たにんぎょうぎでございますな! 以前のように『ひげのマークス』とお呼びくださらないのですか?」

「お待ちくださいマークスさま!」


 俺とマークスの間に、メリダが割って入る。


「国王陛下とイングリットさまのご命令をお忘れですか!? バルガス・カイトさまが完全に回復されるまで、部隊の方は会わないようにとおっしゃられたはずです!! それを……」

「おかしなことをおっしゃいますな。メリダ・カイントスどの」


 マークスは、じろり、と、メリダをにらんだ。


「バルガス・カイトさまは、こうして戦場に出てきていらっしゃるではありませんか」

「殿下はまだ本調子ではございません」

「本当ですかな?」

「ならば、申し上げましょう」


 メリダは深呼吸してから、告げる。


「バルガス・カイトさまは毒矢を受けて落馬されたとき、頭を打たれたのです。そのせいで記憶に混乱がみられるとのことです。医師は『混乱が悪化するかもしれないので、身内以外の知人と会うのは、できるだけ避けるように』と診断しんだんしております」


 うん。そういう設定になってる。

 本当はバルガス・カイトと親しい相手と話すと、ボロが出るからなんだが。


「どうか今は、バルガス・カイトさまをそっとしてさしあげてください」

「お気持ちはわかります」


 副隊長マークスはうなずいた。


「ですが、バルガス・カイトさまが新たな力に覚醒かくせいされたとなれば、我ら『閃光の魂フラッシュ・スピリット』の者たちは、無関心むかんしんではいられませんぞ! そうだろう! 皆の者!!」

「「「おおおおおおおっ!!」」」


『閃光の魂』の兵士たちが雄叫おたけびをあげる。こわい。


「うかがいます。バルガス・カイトさまは、浄化の能力に覚醒かくせいされたのですな!?」

「その通りです。マークスさま」

「メリダじょうには聞いておりませんぞ!!」


 メリダを振り払い、俺に顔を近づけてくるマークス。

 だから怖いって。


「あなたの腹心ふくしんであるマークス・ライブニッヒがうかがっておるのです! どうなのですか!? バルガス・カイトさまは死のふちで、浄化の能力に覚醒かくせいされたのですか!?」

「…………ああ」


 うなずくのが、やっとだった。


「このバルガス・カイトは浄化能力に覚醒かくせいした」

「そのお力で、『ジャイアント・ボア』の肉を浄化された、と?」

「そうだ」

「この肉はバルガス・カイトさまだけが食べられるものではなく、誰が食べても安全だと?」

「それはメリダが……保証してくれる」

「ならばお答えください! メリダじょう?」

「間違いありません。『黒い魔力』は完全に消滅しています」

「……さようですか」


 副隊長マークス・ライブニッヒはうなずいた。


「ならば! 『閃光の魂フラッシュ・スピリット』の兵士たちにたずねる!!」


 不意にマークスは、後ろにいた兵士たちの方を見た。


貴様きさまらはバルガス・カイトさまのお言葉を聞いても、なんとも思わぬのか!?」

「「「いな!!」」」


 兵士たちが一斉に叫び声をあげる。

 彼らはじっと、俺の方を見ている。


 ……まずい。

 もしかして彼らは……俺がだまだってことに気づいたのか?


 マークス・ライブニッヒたちはバルガス・カイトの側近だ。

 彼のことをよく知っているはず。


 そんな彼らと顔を合わせないように、メリダが配慮はいりょしてくれていた。

 なのに、俺は魔物の調理することで目立ってしまった。

 それで彼らは俺に近づいてきたんだ。


 仮に替え玉だってばれたのなら……本当にまずい。

 勇者姫イングリットは……確か軍議ぐんぎの最中だ。ここにはいない。

 どうする? ここで『神竜騎士ドラグーン・ナイト』に変身して逃げるか?

 それとも、なんとかごまかすか?

 一体どうすれば──


「「「いな! いな! いな!! 我らがバルガス・カイトさまの変化に対して、なにも思わぬことがありましょうか!!」」」

「よい返事だ!! ならば、貴公らはどうする!!」


 マークス・ライブニッヒが叫ぶ。

 そして『閃光の魂フラッシュ・スピリット』の兵士たちは──



「「「バルガス・カイトさまが浄化された肉は、我らが残らずたいらげましょう!!」」」

「よく言った! それでこそ『閃光の魂』の兵士たちだ!!」



「「「うぉおおおおおおおっ!! 食ってやるぞおおおおぉ!!」」」



 そうして彼らは『ジャイアント・ボア』の肉に向かって突進したのだった。



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武勇で知られる無双剣聖の影武者になりました。それでも部下の七剣たちは、陰キャの俺の方がいいみたいです -陰キャの英雄、やたら人望を集める- 千月さかき @s_sengetsu

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