第7話「剣聖(偽物)、前線に向かう(1)」
国境の村までは5日の距離だった。
戦いに行くことになった事情は、移動中に聞くことができた。
数日前、国境に魔王軍が侵攻してきたらしい。
原因は王国軍の動きが読まれたことにある……というのが、勇者姫イングリッドの
もともと、勇者姫は辺境の城に
そんな彼女のもとに、剣聖バルガスが負傷したという連絡が入った。
勇者姫は彼の
そのことは兵士たちには秘密にされた。
もちろん、これは表向きの事情だ。
勇者姫たちが王都に戻ったのは、異世界人
だけど、勇者姫と剣聖が前線を離れたことに変わりはない。
魔王軍はその
奴らは
勇者姫とバルガス・カイトが出てこないのを確認したあとは、攻撃部隊を国境の村へと送り込んだ。
勇者姫と剣聖がいない王国軍は、その動きに
国境の村は、魔王軍に
現在、魔王軍はその村を、王国攻略の前線基地にしようとしているそうだ。
王国軍はすぐに王都へ伝令を送った。
そして、会議が行われた。
──このままでは国境の村が敵の前線基地になる。
──今のうちに
その結果、勇者姫と剣聖が率いる部隊が、国境の村に向かうことが決まったそうだ。
「私が兵士たちを
移動中の馬車の中で、勇者姫イングリットは言った。
「カイトさま……いや、兄上は、後ろでそれを見守っていていただきたい」
「……わかりました」
「とにかく、バルガス・カイトが健在であることを知らしめる必要がある。皆の前に出るときには、
「最前線か……」
……行きたくないなぁ。
バルガス・カイトが健在だと知らせるだけなら、俺は後方にいてもいいんじゃないか?
むしろ後方にいたい。
なんとか前線に出なくて済む方法はないかな……。
そんなことを考えているうちに、勇者姫たちは進軍を開始。
俺を含めた王国軍は、国境の村へ。
そして、4日後。
俺たちは国境付近に設置された、王国軍の陣地へとたどりついた。
その後で勇者姫イングリッドが兵士たちを
「──イングリットさまがいらっしゃったぞ!」
「──本当だ! 勇者姫さまだ!!」
「──お願いです姫さま! 魔王軍から村を取り返してください!!」
人々の
ここは国境付近にある、王国軍の陣地だ。
この場所から国境の村までは2日と少し。
王国軍はこの陣地を
陣地にはたくさんの
兵士たちも大勢いる。
後者はたぶん、魔物の
陣地に魔物の死体が積み上げられているから、わかる。
戦いの前には、進軍ルートにいる魔物を処理するのがセオリーらしい。
進軍するのに邪魔にならないようにするためだ。
だから陣地の兵士たちは、先に魔物を
兵士たちが
巨大なイノシシ──『ジャイアント・ボア』
森に住む大型の蛇──『フォレスト・サーペント』なんかもいる。
野生の魔物はそれほど強くないらしい。
それに対して、魔王軍に所属する魔物は危険だそうだ。
奴らは武器や
しかも人間をピンポイントで攻撃してくる。
そんな連中が近くにいたら、村人たちは落ち着いて生活できないよな……。
だからこの
みんな
俺と勇者姫が陣地を
「──勇者姫イングリットさまばんざい!!」
「──姫さま、村をお願いします!!」
「──勇者さまがいるなら勝ったようなものだ!!」
勇者姫イングリットはすごい人気だ。
彼女が人類の希望だってことがよくわかる。
それに対して俺の評価は──
「──
「──負傷されたと聞いていたが、回復されたのか!!」
「──でも、どうして今日は
「──それに、妙に視線が
……
いや、俺にしてはいい方かな……正体はバレてないしな。
「兄上」
「……なんだろうか」
「もう少し、堂々としてはいただけないだろうか」
「まだ……本調子ではない」
「もう少し胸を張って、あたりをにらみつけるくらいではないと」
「……まだ本調子では……」
「兄上」
「…………わかった、わかったから」
勇者姫とそんな話をしていると、メリダが俺の側にやってくる。
大きなローブとマントで、俺の姿を
俺が
避難民の人たちの姿が目に入るからだ。
みんな疲れた顔で座り込んでいる。
傷を負っている人もいれば、おなかを押さえている人もいる。
声が聞こえる。『おなかすいた』『食べ物をもう少し』って。
ここにいるのは村を奪われた人たちだ。
みんな勇者姫と剣聖にすがって、ここに来ている。
そんな人たちを見ていると、余計なことを考えそうになるんだ。
「…………イングリット、さま」
「『さま』は不要だ。どうした。兄上」
「食料の余分は……あるのか?」
「余分ですか?」
「
「……避難民の分?」
「そう」
「食料の分配は行う予定だ。だが、我々もこれから進軍する身だ。そのための食料が必要になる。
輜重隊が運んできたのは、王国軍が進軍するための食料だ。
避難民に分け与えることは想定していない。
そして、むやみに補給物資を増やすわけにはいかない。
それを運ぶ
輜重隊は単独で移動しているわけじゃない。
勇者姫の本隊が、護衛を兼ねて同行している。
輜重隊の足が遅くなれば、それに合わせて進軍速度が遅れることになる。
王国軍の目的は、可能な限り早く国境の村を取り戻すことだ。
進軍を送らせるわけにはいかない。
だから余分な食料を運ぶことはできず……避難民を十分に養うこともできない、ということだ。
「村を
「……それはわかる、けど」
俺は少し考えてから、
「魔物の肉を、食料にできない?」
「……兄上。あまり変なことを言うものではない」
「……魔物の肉は食用には向かないのです」
メリダが俺の耳にささやく。
「魔物の肉には、『黒い魔力』と呼ばれるものが含まれています。『黒い魔力』は、人にとっては有害なのです。除去することはできますが、とても手間がかかります。数人の魔術師たちが
「消した後で、食用には?」
「できます。以前『魔物可食実験』が行われており、実際に食べた記録も残っています」
「だったら……」
「『黒い魔力』の浄化には数日かかります。その間、魔術師たちはつきっきりになってしまうのです。浄化できる肉の量もわずかです。ですから、魔物は食用には向かないのです」
そういうことか。
だから狩ったばかりの魔物が放置されているんだな。
……いや、待てよ。
ホリィが言ってたな。『
確認してみよう。
「ちょっと失礼」
「兄上どちらに?」
「トイレに」
「さっきも行っていたようだが?」
「戦場を前に
俺は天幕の向こうへと移動した。
トイレは陣地の端の方にある。
地面に穴を掘って、周囲を板で囲んだだけのものだ。
それでも
においもしないし、外に音が漏れることもないというすぐれものだ。
俺はトイレに入って、入り口の板戸を閉じてから、
「ホリィ。出てきて」
左腕のブレスレットに触れて、精霊ホリィを呼びだした。
「……主さま」
数秒後、ブレスレットの石が
「主さま。ホリィは言いたいことがあるのだ」
「なに?」
「毎回ホリィをトイレで呼ぶのはどうなのだ!?」
「他に一人になれる場所がないんだよ」
「むー」
「それより『
「なんと!? 主さまはついに『神竜騎士』として活躍する決意を!?」
「ちがうよ?」
「…………えー」
「聞きたいのは、能力」
「能力?」
「浄化能力って、変身しなくても使える?」
「うん。基本能力だから」
「魔物の肉の『黒い魔力』って消せる?」
「もちろん。それじゃ、やり方を教えるのだ」
ホリィは説明をはじめた。
それから、彼女は、
「なるほど。主さまは浄化能力で人を救いたいというわけなのだ?」
「それもある」
「他には?」
「『
「うむ。間違いなくできるのだ」
「魔物の肉を食用にできれば、避難民を助けられる」
「うん。よいことなのだ」
「避難民は前線から逃げてきている。つまり、彼らは後方にいる」
「うんうん」
「避難民を救うには、後方にいなければいけない」
「うん?」
「つまり、避難民を救える俺は、後方にいなければいけない。安全」
『
魔物の肉を食料にできれば、
王国軍が村を
だから、避難民を助けるためには、俺もここにいなきゃいけない。
俺は戦闘に参加することなく、避難民の救助だけを行うことができる。
安全な後方にいられる。
そもそも、俺を前線に出すというのが
俺はただの異世界人で、戦闘経験なんかないんだから。
前線に出たって役に立たない。
そりゃ
だったら……別のことで役に立った方がいいと思うんだ。
たとえば、避難民のための食料を作り続けるというやり方で。
それは王国軍の背後を守ることにもなるはずだ。
問題は……避難民が魔物の肉を食べてくれるかだけど。
「……やってみるしかないか」
俺はトイレを出た。
メリダが、近くで待機していた。
「落ち着かれましたか。カイトさま」
「ああ。それと……やってみたいことがある」
「なんでしょうか?」
「魔物の肉を浄化する」
「……え?」
「バルガス・カイトは覚醒した」
「……は、はい? あの、カイトさま、なにを……」
「怪我から回復したときに、そういう能力を身につけた」
「え? え? え?」
「バルガス・カイトは
「は、早口すぎます。もう少しゆっくり……」
「………………実際にやってみる」
俺は魔物の遺体がある場所へ移動した。
食べるのに抵抗がなさそうなのは……イノシシ型の魔物だな。
浄化のやりかたはホリィに教えてもらった。
左腕のブレスレットに意識を集中して、と。
呪文は……恥ずかしいから口の中で
──『聖なる者の名において、人を
「……『浄化』」
俺のてのひらから、光の粒子があふれ出した。
粒子は巨大なイノシシ──『ジャイアント・ボア』を包んでいく。
『ジャイアント・ボア』から、黒い煙のようなものが浮かび上がる。
それは煙のように
これで浄化完了だ。
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