第4話

「ちょっとカインズ寄ってってもええか?」


「あら、何か買うの?」


 カインズとは、言わずと知れたホームセンターである。ちなみにわたしが住んでいた福岡ではほとんど見たことがない。調べたら福岡市内にはなかった。


「ちゃうねん。土曜日のメロンパンうていこうと思って」


「ああ、メロンパンね」


 義父の要望を聞いた義母が神妙に頷いた。 話についていけないわたしは、頭の中に疑問符を浮かべた。


「エリちゃんは知らんへんの? 土曜日のメロンパン。カインズの前に、毎週土曜日に売りに来てん。日曜日もメロンパン売ってるけど、土曜日と日曜日は違う人やねん。日曜日はあかん。土曜日の方がめっちゃうまいから、買いに行くで」


「は、はあ」


 「土曜日のメロンパン」について饒舌に説明をしてくれた義父は、もうすっかりメロンパン腹になっているのか、カインズへと車を走らせた。


「おっちゃん、メロンパン三つ」


「はい、三つですね」


 早速見つけたメロンパンを売っているキッチンカーの前で、義父はメロンパンを買ってきた。義父は常に黒地に赤いラインの入ったジャージを着ているが、この日もジャージ姿の強面の義父がメロンパンなどというファンシーな菓子パンを持って歩いているのだから、脳内でうまく処理が追いつかない。身内のわたしでさえそのあべこべな組み合わせに笑ってしまいそうになったのだから、赤の他人が見ればさぞ滑稽だろう。


「はい、これ。食べ食べ。ええ匂いやろ」


 後ろの席に座っていた私に、メロンパンを渡してくる義父。お昼にカップラーメンを食べてきたわたしは正直あまりお腹が空いていなかったのだが、手の中にあるメロンパンからは甘くて香ばしい香りがぷうんと放たれていた。 一瞬にしてメロンパンが入るくらいの隙間が、胃の中にできてしまった。 甘いものは別腹、という言葉がまさにしっくりくる。


「やっぱうまいな〜土曜日のメロンパン」


 義父は早くもメロンパンにかぶりついている。どうやらこの時間まで何も食べていなかったらしい。それはそれは、さぞ美味しく感じられるだろうと思った。


「いただきます」


 わたしの胃もすでにメロンパン腹になってしまっていたので、わたしはメロンパンに一口かぶりついた。口の中でサクッという食感と、中のふんわりとした生地が溶け合う。甘すぎない優しい味が、香りと共に鼻から抜ける。


「お、美味しい……」


 土曜日のメロンパンは確かにとても美味しかった。 夢中になって二口目、三口目へと突入する。助手席の義母は土曜日のメロンパンを食べるのに飽きているのか、わたしほど感動はしていないが、それでもちゃんと食べていた。


「な、ええやろ。エリちゃんにも味わってほしくて」


 メロンパンを全部食べ終えた後で、義父がぽろりとそうこぼした。


「わたしに?」


「そや。だってこんなにうまいもん、近くにあるんやで。すぐに買えるんやで。ま、土曜日しか無理やけど」


「……」


 軽い冗談を言って笑う義父が、いつもより格好良く見えた。 わたしは義父が苦手だけれど、義父がわたしに良い思いをしてほしいと思っていることは知っている。 自分の主張をはっきり伝えようとするのも、自分の好きなものや主義主張を、わたしや周りの人間に共有して、共感してほしいからだって。 伝え方が間違っていることは多々あるけれど、根っこの部分は優しい人なのだ。


「ありがとうございます。土曜日のメロンパン、覚えました」


「ははっ。次はシュン(夫の名前)と来いや」


「はい。でも彼は菓子パンあまり食べないかもです」


「そおか。じゃあ、俺がまたうたるわ」


「楽しみにています」


 義父の豪快な笑い声が車内に響く。すっかり眠りこけていた娘が起きて、小さく泣いた。娘の泣き声さえ、聞き心地がいい。 たかがメロンパン、されどメロンパン。 多分わたしは、この先も義父の言葉にいちいち傷ついたりイラついたりするのだろう。 でも、義父が優しい人だということは忘れない。忘れそうになったらまた、土曜日のメロンパンを食べにこよう。土曜日まで、覚えていられたら。



【おわり】

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土曜日のメロンパン 葉方萌生 @moeri_185515

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