第3話

 それから数年の時が流れ、わたしと夫の間に娘が誕生した。 初めての育児は楽しかったけれど、やっぱり不慣れなことが多く、神経をすり減らす日々だった。 授乳、睡眠不足、離乳食、母乳拒否、在宅ワーク、さまざまなワードが頭の中を飛び交う。襲いくる一つ一つの問題を、満身創痍で迎え撃った。夫の仕事が夜の十時まであるので、一人で対処しなければならないことが多く、てんてこ舞いな日々だ。


 夫は塾で講師をしているので、テスト前になると土日も仕事が入ることが多い。かなりの期間連勤することになるので、夫自身もとても疲れていただろう。 特に入試前は受験生の指導で忙しく、わたしは休みの日にも一人で家に引きこもっていた。 ある土曜日のこと。その日も夫は朝から仕事が入っていた。


「実家で見てもらうのはどう? おもちゃとか買ってもらったらええやん」


 土日も一人で育児をこなさなければならないわたしに、夫は申し訳ないと思っているようで、わたしにそう提案して来た。 実家というのはむろん、夫の実家である。正直わたしは休みの日まで「義父のところにいくのか……」と乗り気ではなかったものの、それ以上に休日を一人で迎えるのに精神的な限界が来ていたわたしは「そうする」と頷いていた。


 自宅から夫の実家まで程近く、車でひょいとたどり着くことができた。赤ちゃんとの移動は、おむつやらミルクやら着替えやら、とにかく荷物が多い。二階のリビングから降りて来てくれた義父母に荷物を上げるのを手伝ってもらい、わたしと娘、義両親の土曜日が始まった。


「あの、少し買い物に行きたいのですが……」


 遠慮がちにそう尋ねる。義実家に昼から夕方までただ滞在するというのでは時間を弄んでしまう。暇つぶしのためにも、夫から「買い物に行きや」と助言を受けていた。


「そうやったな。よし、トイザらスでも行こか」


 表情には出さないが内心ノリノリで答えてくれる義父は、普段わたしに説教をする時とはちがって“親戚のおじさん”みが増していた。職場で会う時、義父はわたしにとって「社長」なので、休日の義父はやっぱり親戚のおじさんなのだ。実際、親戚どころか家族なのだけれど。


「ついでに晩御飯も買ってこなあかん」


 義母は帰りにスーパーに寄るという予定を立てているらしい。夫が仕事から帰って来たらみんなでご飯を食べるつもりだったので、その準備をしてくれるのだ。


「ほな行こか」


「あ、ちょっと待ってください。先にミルクを……」


 わたしは持って来たカバンから哺乳瓶と粉ミルクを取り出して、お湯を温める。四時間おきの授乳なので、出かける前に一度飲ませておくのがちょうど良い。娘はこくこくと喉を鳴らしながら出来立てのミルクを飲み干した。


 授乳タイムが終わるといよいよお出かけの時間になった。義父が運転する車で、義母は助手席に、後ろの席にわたしと娘が乗った。

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