第5話
トーレスがエリクシアとの関係修復を訴え続けていた最中の事、その日は訪れた。
「我々貴族家は、トーレス様が一番最初にエリクシア様の聖女としての可能性に気づき、覚悟をもってその婚約者として受け入れたものだと思っておりました。しかし、その後伯爵様はあろうことかエリクシア様の事を追放され、自らそうではなかったことを証明されました。その上、エリクシア様ではなく自身の妹であるマリーナ様の事を優先されるとも…。そんな身勝手な事をされてしまっては、我々はトーレス伯爵様に付き従うことはできません。全会一致の決定をもって、伯爵家としての権限を凍結させていただきたく思います」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!!!」
それまで自分があごで使っていた格下の貴族から、そう宣告されてしまったトーレス。
しかしそれをそのまま受け入れることができるはずもなく、彼は醜くも言い逃れを始めた。
「いきなりこんなことを言われて受け入れられるはずがないじゃないか!!」
「いきなりなのはタイミングの問題では?伯爵様はいつこの事を言われたとしてもいきなりだと言って言い逃れをされるのでしょう?」
「そ、そう言う事を言っているのではない!!そもそも、どうして婚約破棄に関することをお前たちに四の五の言われなければならないのだ!!僕の意思で僕が決めたことなのだから、関係ないだろうが!」
「しかし、どう考えても納得のいくものではありません。では伯爵様、我々全員が納得できるだけの理由をおっしゃっていただけますか?」
「エ、エリクシアはあろうことか、僕が最も大切にする存在であるマリーナの事を虐げていたのだぞ!!そんな人間を自分の屋敷に置き続けるはずがないじゃないか!それに、僕は最初からエリクシアの聖女としての可能性には気づいていた!婚約した後から気づいたわけでも、婚約破棄後にきづいたわけでもない!その点はきちんと修正してもらおう!!」
「それでは、どうして婚約破棄された後にエリクシア様に復縁を求めていたのですか?」
「なっ!?!?!?」
「伯爵様が復縁に向けて動かれ始めた時、ちょうど伯爵様の元にエリクシア様の聖女としての可能性が理解され始めていたそうですが…。その点についてはどう説明されますか?」
「う…」
もう完全に詰められているトーレス。
貴族会が決定を行ったという事は、もうトーレスには反論できるだけの証拠が揃っていないという事を意味している。
その点を伯爵自身が理解するには、まだ時間がかかりそうであった。
「だ、だが、エリクシアがマリーナの事を虐げていたのは紛れもない事実である…。それはマリーナ自身が僕に訴えてきたことなのだ…」
「その点も誤解されているようですが…。伯爵様、マリーナ様が言っていたことは全てうそだったのですよ?」
「!?!?!?」
それもまた、誰の目にも明らかだった事実。
気づいていなかったのは、伯爵一人のみ。
「普通に考えてみてください?エリクシア様が聖女である可能性を彼女は嘘であるといって、あなたに伝わらないように動き回っていたのですよ?それが何を意味するかは明らかでしょう?」
「……」
「マリーナ様は自分のいう事を何でも聞いてくれる伯爵様の事を手放したくなかったのでしょう。だからこそあなた様の婚約者であるエリクシア様の事を追い出す事ばかりを考えて、その中で聖女としての可能性も否定することとしたのでしょう。伯爵様が自分の言葉をなんでも信じてくれるとわかっているのなら、彼女がそう考える可能性は高いと思いますが?」
「……」
実はこうしている間にも、マリーナは自分の野望を叶えるべくある者の所に向かっていた。
しかしその事を兄であるトーレスはまったく知らされておらず、彼はこの場で初めてその事を聞かされる。
「彼女は今日もまた、教皇様の所に向かっているそうです。エリクシアの聖女としての可能性を否定してもらうよう口説くためでしょう。まったく、どこまでも用意周到で頭が上がりませんね。その行動力を真っ当な方向に向けてくれればよかったのですが…」
「……」
もうすでにすべてが明らかになっている様子だが、ただ一人トーレスのみその事を知られていなかった。
というよりも、気づいていなかったという方が正確だろうか。
「エリクシア様の言葉を最初からきちんと聞いていれば、こんな事にはならなかったでしょうに…。彼女の心を軽く見て、伯爵である自分には逆らえないであろうと考えて婚約破棄にまで踏み切ったあなたの罪は重い。少なくとも貴族家の振る舞いとして適切なものではないでしょう」
「……」
伯爵のタイムリミットはすでに上限を迎えてしまっていた。
しかし、彼がそれを認めるだけの時間はもう過ぎ去ってしまっていた。
「(…エリクシアが聖女など出なければ、僕はマリーナとともにいまごろも愉快な時間を過ごしていたというのに…)」
この期に及んでそのような考えから逃れられない伯爵に、救いの方法などなにもないのだろうから。
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