第4話

「それで、今更何のお話でしょうか?」


非常に冷たい口調でそう言葉を発するエリクシア。

そのような彼女の姿をこれまでに一度も見たことのないトーレスは、その内心に焦りの色を隠せずにはいられなかった。


「(は、はるばるお前の元まで出向いて来てやったというのに、なんだその態度は…。お前は僕との婚約を心から望んでたのだろう??だからこそ僕から婚約破棄を告げられた時は絶望的なほどにその心に傷を負ったのだろう?だというのに、一体どうしてこんな態度を取ることが出来る…?)」


自分が元婚約者であるエリクシアの元を訪れたなら、間違いなく歓迎されるであろうと確信していたトーレス。

しかし現実は正反対であり、エリクシアはトーレスの事を快く受け入れる様子など全く感じさせない。

トーレスは完全に出鼻をくじかれる思いを抱きながらも、だからといってそれをそのまま口にすることが出来るほど余裕があるわけでもない。


「(お、落ち着けトーレス…。エリクシアはまだ意地を張っているだけなのだろう。本当は僕との婚約関係に悔いしか残っていないが、それを素直に口にすることができないでいるのだろう。本当は飛び上がりたいほどうれしいであろうに、それを僕に見せるのが嫌なんだろう。しめしめ、かわいいやつめ)」


トーレスは心の中でそう考えを整えた後、改めてエリクシアに対してこう言葉を発した。


「エリクシア、今日は大事な話があってここまできたんだ。他でもない、僕たちの婚約関係について」

「……」

「君は、婚約破棄を宣告されてから今日までの期間をどのように生きてきた?おそらく僕の事が頭から離れない日はなかったことと思う。それは僕も同じだとも。エリクシア、僕は君を失って初めて君の存在の大きさに気づいた。君は僕の心を、ずっとずっと支え続けてくれていたのだ」

「……」


まるで演説をするかのようにそう言葉を発するトーレス、しかしその言葉がどこまで本心からくるものなのかは大いに疑問の余地があった。

当然その点にはエリクシア自身も感づいており、彼女は変わらず冷たい口調のままにこう言葉を返す。


「…トーレス様、私がそんな言葉で考えを変えるとでも思っているのですか?本当にあなたとの関係に悔いが残っていると思っているのですか?」

「もちろん、そうと決めつけているわけではない。しかし、もうそろそろ正直になってくれてもいいのではないか?」

「……」


トーレスが用意していたプランはシンプルだった。

エリクシアは自分との婚約を果たせなかったことを間違いなく後悔している、ゆえにこちらの方から再び婚約関係を申し出たなら、快くその関係を受け入れてくれる者であろうと。


「(エリクシア自身、聖女の可能性についてはまだ気づいていない様子…。それはつまり、今ならばまだ僕が聖女の力を目当てに関係を戻そうとしているのだということに気づかれずに済むはず…)」


トーレスにとって最も大きな点はそこにあった。

あくまでトーレスは下心なしにエリクシアに近づいている点をアピールしなければならないのだから、エリクシアに先に聖女の可能性を知られてしまっては本末転倒となる。

だからこそ、関係の修復をトーレスは急いでいるのだった。


「エリクシア、改めて言わせてほしい。僕は君の事を愛しているんだ。他の誰よりもね。君ももう一度心を決めてほしい。僕の隣に立つという事は、確かに簡単なことではないだろう。誰にでもできるものでもないだろう。しかし、君ならばそのイスにふさわしいものであると確信している」

「……」


エリクシアはトーレスの発した言葉をそのまま受け入れている様子はなく、まだ冷めた表情のままその雰囲気を変えない。

…さすがにトーレスもそんなエリクシアに苛立ってきたのか、その口調を少し変化させる。


「…エリクシア、僕がここまで言うのはかなり珍しい事なんだぞ?僕は誰にでもこんなことを言うわけじゃないんだぞ?君だからこそここまで譲歩しているんだぞ?本来なら、一度婚約関係を失ったものに再びそのチャンスを与えることなど絶対にない。しかし僕は君の事を愛し、可能性を感じているからこそ、こうして言葉をかけているんだぞ?」

「……」

「(エリクシア…。さすがに少し調子に乗っているようだな…。僕にここまで言わせておきながら決断をしないとは…)」


いよいよトーレスは我慢ができなくなってきたのか、最初から様子を少しずつ変えていく。

一体どちらが上の立場であるのかは誰の目にも明らかであるが、自身が貴族家としての立場を有しているトーレスはあくまで自分の方が上であることを確信している様子。

…しかし、今は彼の方からエリクシアの方に嘆願を行っている状況なのだ。

本人がその事に気づいて態度を改めない限り、話が進む可能性は一生内容に思われる。

…トーレスは関係の修復を急いでいるからこそその点に気づくことが出来ず、時間だけが過ぎていくこととなるのだった。

そして最後には、トーレスが最も恐れていた事態が訪れることに…。

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