聖女の血を引いていたのは、義妹でなく私でしたね
大舟
第1話
「ねぇマリーナ、また私の部屋が誰かに荒らされていたのだけれど、なにか心当たりとかないかしら…?」
自身にとって義妹にあたるマリーナの元を訪れたエリクシアは、どこか警戒するような口調でそう言葉を発した。
それを聞いたマリーナは、やや怪訝そうな表情を浮かべながらこう言葉を返す。
「わ、私は何も知りませんけれど…。ま、まさかお姉様、私の事を疑っておられるのですか…???」
「そ、そういうわけじゃないけれど…」
「心外です…。私たち義理とはいえ姉妹なわけじゃないですか…。それなのに私の事を信用してくださらないなんて…」
悲しそうな表情を浮かべるマリーナであるものの、その表情が作られたものであることは誰の目にも明らかだった。
その証拠に彼女はその心の中で、こう言葉をつぶやいた。
「(いきなり私の犯人だと決めつけて疑ってくるなんて、気分が良いはずがないわ。まぁ実際にやったのは私だけれど、当たってるからこそ一段と腹が立つのよ)」
エリクシアは最近、トーレス伯爵との婚約関係を結んだばかりであり、マリーナはトーレスの実の妹だった。
ゆえに二人は義理の姉妹の関係に当たるのだが、婚約関係が結ばれて以降その仲は決して良いものであるとは言えなかった。
「ひどいですお姉様…。私はこれからお姉様と本当の家族になるべく色々な事を思っているというのに、私の事を一番に疑ってくるだなんて…」
「……」
まるで冤罪であるかのような雰囲気を醸し出すマリーナ。
しかし現にエリクシアに対して嫌がらせを行っているのは彼女の方であり、それは今に始まった事ではなかった。
「マリーナ、本当に何も知らない…?あなたくらいしかこのお屋敷で私に嫌がらせをしてくる人に心当たりがないのだけれど…。これまでにも何度も同じような事があったわけだし…」
「お姉様、私は知らないと言っているでしょう?妹の事を信じてくださらないのですか?」
「……」
マリーナがエリクシアの事を毛嫌いする理由はたった一つ、自分の存在価値を奪われてしまうかもしれないと考えたためだ。
トーレスはマリーナの事をかなり溺愛しており、なにをするにもマリーナの事を最優先するような性格だった。
マリーナも当然トーレスのその性格は理解しており、それを利用できるだけ利用し、これから先も同じことをしようと考えていた。
しかしエリクシアが現れたことで、その勢力図が変わってしまうかもしれない。
もしもエリクシアがトーレスの心を奪って行ってしまったなら、自分のいう事を何でも聞いてくれる都合のいい存在がいなくなってしまう。
マリーナはその事を恐れたのだった。
「お姉様、そこまで言われるのなら私はお兄様に相談させていただきますね。きっとお兄様ならどちらが本当のことを言っているのかを理解してくださいます。私の事が気に入らないからと嘘をでっちあげても、無意味ですよ??」
「(それはあなたの方でしょ…。私の事が気に入らないから、一方的に嫌がらせばかりやってきて…)」
それがマリーナの常套句だった。
彼女は自分の方から仕掛けた嫌がらせであろうとも、最後にはトーレスの元に泣きつくことで自分を被害者のように演出し、エリクシアの事を悪者にし続けてきた。
トーレスは常にマリーナの味方であるため、エリクシアがトーレスから助けてもらえた事はこれまで一度もなく、その事をよくわかっての計画だった。
「はぁ…。お姉様、私ショックでならないです…。私はお姉様の事をこんなにも愛しているというのに、どうしてお姉様は私の事を認めてくださらないのでしょう…?私たち姉妹の関係なのですよ?家族なのですよ?」
「それを壊しているのはマリーナ、あなたの方なんじゃ…」
「私はそんなことしていません。全部お姉様が悪いようにしか見えません。それは私だけでなくって、お兄様も同じことを言っておられるでしょう?何度も聞いたでしょう?」
マリーナが被害者面をしてトーレスに泣きつくたび、トーレスはマリーナの事を完全に信頼してエリクシアに叱責の言葉をかけ続けていた。
それは逆に言えば、トーレスはどんな時であっても婚約者のエリクシアよりも妹のマリーナの事を優先すると言ってよかった。
「お姉様はお兄様の婚約相手なのでしょう?ならきちんと話ができるはずですよね?私が何を言っても関係ないはずですよね?」
自分が嫌がらせを始めた立場だというのに、そんなことは全く関係ないといった様子のマリーナ。
彼女の中にあるのはいかにしてエリクシアを追い詰めるかという事のみであり、その心の中に思い描く展開は二人の婚約破棄を実現することのみだった。
「(お兄様は絶対に私の味方をしてくださいますし、そうなると日に日にお姉様の印象は悪くなっていくだけ…。最後には婚約破棄されて、ここから追放されることになるでしょう…。その日が来るのが今から楽しみで仕方がないわ…♪)」
心の中でそう言葉をつぶやきながら、うきうきとした表情を浮かべるマリーナ。
そんな彼女の願った婚約破棄が実現するのは、もう間もなくの事だった。
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