第三章

 冬も終わりに近づき、太陽が顔を出している時間も伸びてきたことが感じられるような日々になっていた。

 平日に今度は母からメッセージが来ており、日曜日に祖父の家の整理をすることになった。

 元々は祖父から言伝があって通帳や持ってきて欲しいものなどの確認をするためだったが、ついでの持っていた服なんかで欲しいものがあれば持っていって欲しいというお願いがあったらしい。

「あんたも知っていると思うけど、それなりにブランド物も多いからさ」

 母はそれを着ていったらまたいつもみたいに喜んでくれるんじゃないかといった思惑もあったと思う。そこまで透けて見えているけれども、それは別に悪いことではないし実際に私にとっては非常に嬉しい話でもあったので、日曜日は祖父の家についていった。

「はあ、こんなに綺麗に整理するなんて、私には無理だわ」

 改めて季節もので服を整理整頓して仕舞っている祖父のタンスを見て、感嘆とも呆れているとも言えるような不思議なため息をしていた。私とあなたにはどうも引き継がれなかったみたいね、と耳が痛くなるような呟きも合わせつつ、それぞれのタンスから服を引っ張り出しては広げてみていた。

「これなんかいいじゃないの」

 と言って広げたのは、肘にパッチが施している茶系のセーターだった。一見古臭いが、レトロ感が可愛さを引き立てる絶妙な一品だった。

「いいじゃん、これ」

 肩口を持ってセーターを広げてみるとやはり編み込みの柄もよい。サイズは少し大きいのは自分より大柄な祖父だから当然そうだが、オーバーサイズで着られそうだから、これをもらうことにした。

 母は片付けをし始めたときは色々話をしていたが、片付けの終わりが見えてきた頃に片付けの手が遅くなってきて、ついには止まってしまった。

「お父さんなんだけどね、まあ分かっていたけどあんまり良くないみたいなの」

 母は膝に服を広げたまま言葉を吐き出した。

 彼女は私の前では母であり祖父の前では娘でもある。それが一体どんな状態なのか、私にはまだよく想像ができなかった。

 そのあと片付けをしたことの話をするついでに、祖父の病院へと寄った。セーターを着て来た私を見て、おっという反応をしたかと思うと似合うじゃないかと褒めてくれた。もらっちゃったというと、わたしもなんだか新しい服がほしいなとつぶやいていた。


 母と相談し祖父に春夏にかけて着られる服を買ってこようといった話になった。

 どうせ買うなら都内ので百貨店などで買ったらいいんじゃないかというので、私と姉で買ってくることになった。

 姉は銀座から二駅となりに拠点がある会社に務めているため、会社終わりに集合してめぼしいものを探すことにした。

 なんとなく、サマーセーターなどがいいなと思っていて、姉にも共有してみるとそれがいいんじゃないかなと話はまとまった

「おじいちゃん、最近元気かな?」

「うん、元気なの……かな。でも身体の中のことまでは聞いたことない」

 姉も一人暮らしで頻繁にお見舞いや母に連絡を取ることも多くないため、近況を詳しく知らないのもあるけれども、私もそんなに詳しく知っているかと言われるとそれは避けてきたところがある。

「そうなんだ……、こんなこと言うのはどうかと思うけれどもあんまり肩入れしすぎると、あなた自身が疲れちゃうからね」

「肩入れって、おじいちゃんに会うことのこと?」

 どうしてそう考えるのか。私は不思議に思った。

 姉は基本的にドライに人に接するし合理的な考えが中心だし、人に興味ないように見えるが、決して人が嫌いなわけではない。

「そうだよ、だって……ツラいじゃん」

 前を向きながら声色も変えずに言うから、聞き間違いかと思うくらいだった。

「おじいちゃんはずっと入院しているし、きっと体調は良くない。けど強い人間だったから元気な姿を見せてくれてるんだと思う。だからそう思うとあんまり会いにいけなくて」

 姉は姉なりに感じるところがあって日々を過ごしているのだ。

 その後、百貨店で祖父に似合いそうなセーターを見つけて購入して姉と別れた。

 私がやっていることはもしかしたら自己満足なのだろうか、電車に揺られながら購入したセーターの紙袋を見つめていても答えは出なかった。



 次の休みにお見舞いに行くと、祖父はどうも体調が良かったみたいで、病院内を歩き回っていたみたいだった。セーターを持って探しに行くと中庭に祖父がいた。祖父が座っているベンチに私も腰掛けると、開いていた詩集をはたと閉じてくれる。

「はい、この間服をくれたお礼に百貨店で買ってきたよ」

 おお、ありがとうと言うと百貨店の紙袋からセーターを取り出してまじまじと眺めた。

 早速着てみるよと言ってくれていたので、どうやら気に入ってくれようだ。

 ふうっともたれかかるような形で祖父がベンチに身体を預けて空を仰いた。

「ここの中庭は四季を感じられるような仕掛けがあって非常に良いところだよ。冬は木々にイルミネーションを纏わせていて、春は菜の花があって、夏は緑がいっぱいで蝉もよく鳴いている。秋はほら、銀杏がこんなにも紅葉する」

 祖父と同じように中庭一帯を見回す。

「孫への次のお願いは何にしようか」

「……なんでもいいよ、俺にできることなら」

 祖父の大きかった手を改めて手にとってみる。気のせいかもしれないが、やっぱり大きいままなだ。

 私がしてきたことは無駄だったかもしれないし、自己満足なだけだったかもしれない。祖父ももしかしたら無理をしているのかもしれない。だけれども最後の瞬間を前に何かを手向けられたのであればそれは私の人生を少し誇らしくしてくれるだろう。だから、それでいいのだと思った。

 季節外れの暖かい風が吹いて木々をざわめかせた。色づいた銀杏の葉の最初の一枚が、地面に落ちようとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新しい日常を日々と呼べるまで 遊川伊波 @akarui_mirai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画