第二章
祖父のことはよく知らない。知った仲という言葉は当てはまるだろうか。今までどんな仕事をして何を感じてという話をするころは少なかったが、基本どこの家庭も同じように祖父の詳しい背景を知ることをしないだろう。私は今になって祖父という人間を知りたくなった。
昔はよく浅草に連れて行ってもらっていた。例えば祖父にとって浅草とはどういうところなのか。祖父の家に集まったときは、よく手料理を振る舞ってくれていた。例えば料理はどうしてこだわるようになったのか。祖父の家は千葉の北西部の一軒家だ。例えばなんでそこに家を買ったのか、間取りなどはどうやって決めたのか。
改めて思い浮かべてみると幼い頃は興味がない、というよりもそういった質問の発想に至らないものばっかりだ。アイデアをスマートフォンのメモ機能にいくつか記すようになった。そうやって少しずつ増えるメモは私を表しているみたいだった。
次の空いている休日に病院へと足を向けていた。
事前に祖父へはLINEを通じて依頼をしている。最近はスマホを扱えるようになったから私にとっても連絡がとりやすくなったと感じる。
最寄駅からタクシーを拾って病院へ行くように依頼する。歩くと遠いがタクシーであればものの五分とかからずに済むため割りがいいのだ。手土産はやはり本や雑誌などがいいだろうと思い、来る前に立ち寄った本屋でなんとなく詩集を買った。私自身は買ったことないが、思うようにいかないだろう祖父の身体でも、なんとなく読みやすいのではないかとの考えだった。
今度は自分で受付を済ませて、病室へと向かうとまだあんまり変わりがないように見える祖父の姿がそこにあった。
「おお〜、元気にしてたか」
前回と同じ調子で声をかけられる。いや、よくよく考えるといつも同じような挨拶だったかもしれない。
「うん、元気にしてたよ。じいちゃんも元気そうだね」
表面的なところだけを見て言う。実際病状としてはどんな状態なのかは主治医に聞かないとわからないが、それを知ることはあまり重要ではない気がした。
「今日は特に用事もなかったからお見舞いに、だね」
ありがとうとすまんどっちとも取れるような言葉を祖父は発していたが、嬉しそううなのには私もほっとした。
しかしこれといって報告できる近況もないから、しばらくは沈黙が流れていた。ただ、だからと言って気まずいとかはないのはやはり家族だからだろうか。それとも自分が単に鈍感なだけかもしれない。そろそろメモの内容なんか唐突に聞いてみるか。
「そうだ、そういえば恋人はいるのか」
唐突な質問を受けると人はその言葉の意味を瞬時には理解できないらしい。
「こ、恋人かぁ〜」
急にそんな話を振られても困ってしまう、と言うよりかは気恥ずかしさがどうしてもあった。確かにいることはいるが、両親にも特に話題に出したことはない。
「ま、まぁ一応いるけれども……」
改めて声に出してみる恥ずかしさもあった。まさか祖父とハンスとは思っていなかった。
「そうかそうか、できれば会ってみたかったなあ」
「え、会ってみたいの?」
「そりゃそうだよ、会いに行ってみたかった」
もし元気だったらの話だがね、と寂しそうに言う祖父の小さな願いは病室に染み渡るように広がって消えていった。
初めて人の死に触れたのは小学六年生の頃だ。そもそも世の中という視点に立ってみれば、死は日常のどこにでも潜んでいるものだが、父方の祖母の死が私にとっての衝撃だった。
当時はまだまだ子どもで、自宅のベッドで療養する容体の深刻さに全く気づけていなかった。
その日は突然だったかもしれないし、他の人にとっては分かっていなことなのかもしれない。
祖母が自宅療養を始めてからは、二、三日に一回は電話をして容体の確認だったり近況を報告したりしていた。
だが、その日はたしか新しいゲームの発売日とかで、いつも電話する時間を過ぎてしまっていた。母、父は確か電話する時間なんじゃないのと言っていたかかもしれない。そろそろ一旦やめようかと言った時に、電話が鳴った。母が慌ただしく電話に出ているのをみて、なんだか胸騒ぎがしてその動作をずっと見つめていた。
結局その不吉の予感は的中してしまい、祖母がそのまま亡くなってしまった。
あの日のことはたまに思い出す。だからこそ自己満足かもしれないが祖父のためにできることがあればやってみたいのだ。
「今度の土曜日、例の猫カフェに行ってみない?」
ちょうど彼女が行きたいと目を付けていた猫カフェが祖父の入院している病院のほど近くにあったのだ。両親にもまだ紹介していない彼女を祖父に紹介すると言ったら気が重くなるだろうから、ちょっとお見舞いに寄らせてもらうといった体で了承をとる。
早速次の土曜日に実家の車を借りて彼女を乗せて例の猫カフェに行く。
行く道ではその猫カフェの魅力や事前情報などをいろいろ教えてくれるのが恒例だった。彼女なりに車内を盛り上げようとしてくれているのかなと思うと愛おしさを感じる。
猫カフェを満喫した帰り、まだ日も傾き始めていなかったので予定通り祖父のいる病院によることにした。さすがに受付から病室に行くまでも迷わなくなり目を瞑って歩けそうだと言っていたら、病院では危ないのでやめましょう、と嗜められる。
「私はそこの中庭で待っているね」
「ごめん、もしよかったら一緒に行ってくれないかな」
「あれ、別に構わないけれども、そんな準備してなかったからちょっと気恥ずかしいね」
と言ってくれる。本心としてはあまり気乗りしないだろうなと思う。
祖父のベッドにカーテンがかかっていたので声をかける。母からはなんとなく、今の容体などを聞いていて問題なさそうなことは知っていたが突然の訪問に対して、がまるで来るのが分かっていたみたいにいつも通りの挨拶だった。
「その隣にいる方はどなた様かな」
と少し外向けの聞き方をしながら詩集に栞を挟む。
「僕の彼女だよ」
初めまして、とそつなく挨拶をして、軽く出会いや共通の趣味なんかを話題として話をした。
「ほう、付き合って長いのだね」
私と彼女が馴れ初めを簡単に話すと、なにか納得するかのように頷いている。父やは母にもなんだか話しづらくて避けてきたことを祖父であれば打ち明けられるようなものなのだろうか。
「じゃあ結婚ももしかして近いのか」
「えっ、あ、まあないことはないから……、あるってことなのかな」
少ししどろもどろになったところがおかしいのか何なのか、ふふっと少し笑うと、まあ今は時代がうんたらかんたら言っていたので満足したのだろう。そこからは将来のこととかではなく、今の彼女の話題へと移っていった。
また少しそろそろ寝ると言っていたのでそれじゃあといってお暇をした。
病院の受付の方に軽く会釈をして彼女と一緒にエレベータに乗り込む。
「ごめんね、急に付き合ってもらっちゃって」
全然いいよ、と笑顔で答えてくれるが、どちらかというと少しニヤニヤしているといった方が適切な表現かもしれない。
「いつの間に結婚する予定になったんだったけ〜?」
婚約もまだなのにと茶化すように覗いてくる彼女をみて、申し訳なさを感じつつもその優しさに感謝をした。
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