第3話 依頼人に会おう!
次の日、俺たちは依頼主に会うため裏通りの酒場を訪れていた。
リーザは途中で何度も「やっぱりやめる!」と帰ろうとしたが、もう少しだけ我慢すれば新しい弓を買えるんだぞと根気強く説得を続けてどうにか連れてきた。
店の奥にある小さなテーブルでは、重そうな鈍色の鎧を着た髭面の男が一人静かに酒を飲んでいた。聞いていた通りの風貌だ。
テーブルに近寄ると、男はこちらを鋭い目つきで睨みながら口を開いた。
「俺に何か用か?」
「依頼の件で来た」
「ふむ……」
男が席を立って手を差し出す。あちこちに傷があり、皮膚は分厚い。熟練の戦士であることはすぐにわかった。
「ジャックだ。話は受付嬢から聞いている。ブツは用意できたんだろうな」
「今はまだない。現地で作る」
「いいだろう。鮮度が高いに越したことはないからな」
ジャックが品定めするような目でリーザを見る。するとリーザは急に酒場の入り口へと走り出した。
「や、やっぱりわたし帰るね! それじゃ!」
「リーザを拘束しろ!」
ミリスがリーザに飛びかかって羽交い絞めにし、シアが両腕を掴んで拘束した。
「リーザさん、みんなのことを思うなら大人しくしてください」
「ウチらはもう引き返せないところまできてしまったのにゃ」
「イヤッ! 殺して! 私を殺してよ!!」
「大袈裟すぎるだろ……ともかく依頼人のところへ行くぞ。ついてこい」
後を追って酒場を出ると、ジャックは外にあった立派な二頭立ての黒い馬車の御者台に座った。俺たちが暴れるリーザを無理矢理押し込んで中に入ると、馬車はゆっくりと動き始めた。
馬車は都市の門を出て街道をどんどん進んでいく。
いったいどこに行くつもりなのだろうか。
「私は誇り高いエルフなのよ……こんなの末代までの恥だわ。うっうっ」
リーザはついに泣き始めてしまった。
引き受けると言ったりやっぱりやめると言ったり忙しい。そりゃ普通のエルフと比べるとちょっと汚いエルフぐらいにはなってしまうが、寿命が長いんだし他人に小便を渡す機会の一度や二度はあるのではないだろうか。ごめん多分ない。
今の俺にできることはパーティリーダーとして彼女を励ますことぐらいだ。
「リーザ、そんなに悲観することないじゃないか」
「だってぇ……」
「何かあったら俺が責任を取るから」
「せっ!?」
リーザは急に黙ってうつむいた。
リーダーとして当たり前のことを言っただけだが、効果があったらしい。
◆
しばらくして、馬車は丘の上にある大きな石造りの砦へと入った。ジャックに案内された部屋の奥には、赤い外套を羽織り立派な口髭を生やした初老の男が玉座に座っている。
「冒険者よ、よくぞ我が依頼を引き受けてくれた。礼を言うぞ」
男は身なりや雰囲気から察するにどう見ても貴族である。砦の規模から推測するとかなり地位の高い人物のようだ。
「こちらは俺が仕えているアンモーリー伯爵だ」
「アンモーリー……?」
どこかで聞いたような気がするが思い出せない。
「この辺の領主が同じ名前だったにゃ」
「あっ! ま、まさか領主様ですか!? そうとは知らず……」
「かまわぬ。今回の件はあまり大事にしたくなかったので、あえて名を伏せておったのだ」
考えてみれば金貨三枚を軽く出せるような人間は貴族や豪商ぐらいなものだ。しかし、伯爵がわざわざギルドに依頼を出すとは。
「詳しく教えていただけますか。伯爵様」
「うむ。まず、エルフの黄金水とは何か。それがどのようなもので、どういった効果をもたらすのか……」
「伯爵様、もうあまり時間がありません。要点だけ説明された方がよろしいかと」
「それもそうだな。もうじき人類は滅亡する」
「このおっさん完全に頭がおかしい……ニャッ!?」
ちょっと危険な発言をしようとしていたミリスの尻尾を握って止める。
「人類が滅亡……まさかそんなことが」
「残念だが事実だ。この地に封印されていた古の邪竜がまもなく復活する。そうなればこの国はおろか大陸全土が奴によって跡形もなく破壊されるだろう。そうなる前に、我が一族に伝わる秘薬を完成させなければならぬ。その原料の一つがエルフの黄金水なのだ」
なんかとんでもない話になっていた。冗談で言っているようにも見えない。
「リーザさん聞こえてます? もしもーし」
シアがリーザの顔の前で手を振ってみるも、リーザは目を開いたまま硬直している。あまりにも壮大な話だったので思考停止に陥っているらしい。
「この特別なポーションを使うことで邪竜を葬ることのできる特別な力を宿すことができるんだ。しかしいくらか試したところで、適合するエルフが限られているのがわかった。だからこうしてあちこちに依頼を出していたわけだ」
ジャックの説明で納得がいった。掲示板の依頼もその一つだったというわけか。
「つまり、ポーションはまだ完成していないと」
「そうだ。途中で多少強引な手も使ったんだが……上手くいかなくてな」
「道行くエルフに手当たり次第に声を掛け続けたところ、不審者として通報されてしまい我らも身動きが取れなくなってしまったのだ」
あぶねえ。俺もあと少しで牢屋行きになるところだった。
「では早速だが頼むぞ」
ジャックが手を叩くと、奥からメイド姿の女性が二人出てくる。両方とも耳が長い。
「あれ? このメイドたちエルフだわ!」
「彼女らにも協力してもらったのだが、残念ながら実験は成功しなかったのだ」
なるほど、既に先駆者がいたわけか。まあ依頼を出してから何年も経っているし、その間にいくらでも実験する機会はあっただろう。
「それではリーザ様、こちらへ。研究室にお連れいたします」
「しょ、しょうがないわねぇ……」
同族がいることによる安心感はすさまじかったらしく、リーザはあっさりと承諾してくれた。これが真の仲間というやつか。
「頼んだぞリーザ。君のすべてを出し切ってくれ」
「うっせーわ!!」
リーザはメイドたちに連れられて、部屋の奥へと入っていった。
「あとは良い結果が出るのを待つだけだ。それまで砦の中でくつろいでもらって構わぬ」
「はい。ありがとうございます」
謁見の間を出た俺たちは、特にすることもないので砦の中庭にいた。ミリスは蝶を追いかけ、シアは長椅子に座っている。俺は近くの柱に背を向けてもたれかかった。
「やれやれ、なんだかえらいことになってしまった」
「そうですね。人類が滅ぶなんて、これまで考えたこともなかったですし……」
「ああ。俺たちみたいな貧乏冒険者には想像もつかない世界だよ。こんな経験は二度とできそうにないな」
「でも、そんなすごい話に少しでも手助けができたと思うと少し嬉しくなりませんか?」
「言われてみればそうかもな」
シアは目を細めて微笑んだ。この依頼を選んでよかったかもしれない。
しかし、そんな和やかな雰囲気を壊すかのように突然砦が大きく揺れ始めた。
金に困ったので、エルフの黄金水を納品しろという依頼を受けた 亜行 蓮 @agyoren
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