アルドリック騎士団長との決闘を終えた俺は、城の訓練場でいつもと同じように日課の訓練をこなしていた。
どうしてこうなったんだろう……。
予定ではとっくに新たな人生を歩み始めているはずだったのに。
結局、兵士を辞める件は予想外の出来事が連続発生したせいでうやむやになってしまった。
気絶したアルドリックは城の医務室に運ばれていった。
木剣だったとはいえ背中にモロに攻撃が命中してしまったので、しばらくは目覚めないだろう。
普通なら避けるか受け流すかをするはずなのに、全部食らうなんていったい何を考えているんだ?
まさか騎士団長クラスが兵士の攻撃を避けられないなんてあり得ないだろうし……。
まあ、どのみちセシリアさんたちの報告が国王陛下の耳に入れば、騎士団長として復帰することはもうないだろう。
セシリア副団長とロバート隊長は、アルドリックが騎士団に行ってきた数々の所業を報告するため城内にいる。
アルドリックがいかに兵たちを道具のように扱ってきたかが明らかになれば、今回みたいに「ドラゴンを三日以内に倒せ」という無茶ぶりもなくなるはずだ。
待遇が改善されるのはよいことだ。
俺はもう辞めると決めているけどな。
今、なぜか俺は騎士団中から「なんかとんでもない奴が現れた」みたいに思われている。
ひょっとしたら、この流れで面談とか手続きも全部省略して一気に辞められるかもしれない。
これはまたとないチャンスだ。二人が戻ってきたら思い切って話を切り出そう。
なお、『本当にそれでいいのか作戦』については、またややこしい話に発展する危険性があるので今回は封印することにした。
俺は二人が帰ってくるまで訓練を続けた。そうしていくらかの時間が過ぎると、ようやくセシリアさんとロバート隊長が戻ってきた。
早速二人に駆け寄り、声をかける。
「少しよろしいですか? 実は大切なお話が──」
と、話しかけてみたものの……なぜか二人とも虚ろな目をしていた。
普通、問題が解決した時ってもっと晴れ晴れした顔をしているはずだが。
「ううう、すみません……」
「えっ」
セシリアさんはいきなり膝から崩れ落ちた。
この人、なんか感情の起伏が激しいよな。
「ハッ!? セシリア様! しっかりしてください! きっと何か手立てはあります!」
ようやく正気に戻ったらしいロバート隊長が、セシリアさんを支えて立ち上がらせる。
訓練場にいた騎士や兵士たちも何事かと集まってきた。
明らかに何かあったんだろうけど、すげえ聞きたくねえ……。
「ごめんなさい……あの、やっぱり街道のドラゴンは三日以内に倒さないといけないみたいです……」
セシリアさんは、団員たちに向かって本当に申し訳なさそうに言った。
「そんな!?」
「冗談……ですよね?」
「ああ、もうおしまいだ……」
「私から説明しよう」
半端ない絶望感が団員を包むと、ロバート隊長が口を開いた。
「実は宰相様に騎士団長の件と一緒にドラゴン討伐の延期について相談したのだが……『うーん、もう陛下にも報告済みだから取り消すの難しいんだよね。なんとか予定通り頑張ってよ』と申されてな。どうしようもなかった」
え! それだけ!?
押し負けるの早すぎではないだろうか。
「たった一日半でドラゴン退治の準備なんてとても間に合いません!」
「バリスタだってずいぶん前に壊れて修理されてないんですよ!? 空を飛ばれたら魔法も届きませんよ!」
「ま、待て! 話せばわかる!」
ロバート隊長が必死になだめようとするが、団員たちは恐慌状態で聞く耳を持たない。
俺だって強敵相手なら万全の態勢で臨みたいという気持ちはよくわかる。
実際にドラゴンと戦った経験はないが、魔物の中でもとんでもなく強いという話は聞いていた。
「皆さん! どうか落ち着いてください!」
突然復活したセシリアさんが声を張り上げて叫ぶと、団員たちは静まった。
「騎士団長不在の今、副団長である私が指揮官です。私は皆さんを危ない目に遭わせるような作戦は採用しないとお約束します」
「セシリア様……!」
セシリアさんの言葉に、団員たちは落ち着きを取り戻し始めた。さすがは副団長だ。
「それに、私たちにはこのエルダルヴィア王国最強の兵士であるクリフがいます。彼こそが今回の戦いの鍵となることでしょう」
なんだよ戦いの鍵って。今初めて聞いたぞ。
なぜ本人の同意を先に取ろうとしないのか。
「これから隊長たちを集めて作戦会議を始めます。あなたも参加してください」
「え? ちょ、待って……」
いきなりセシリアさんに腕を掴まれ、そのまま城の中に連行される。
なんだこのとてつもなく強大な力は。これだけ強ければ団長すら倒せたのではなかろうか。
セシリアさんにずるずると引きずられたまま作戦会議室に連れてこられた俺は、騎士や隊長たちと一緒に盤面を囲むことになった。
まずい。このままだとなし崩し的に作戦に参加することになってしまう。
言うなら今しかない!
「セシリア様、会議を始める前に相談があるのですが」
「どうしましたかクリフ」
「実は本日で騎士団を辞めたいのですが」
すると、なぜかその場にいた全員が笑い出した。
「あはは! クリフって本当に面白いですね!」
いや別に面白いことは言ってねえよ……。
「クリフのおかげで場が和んだな」
「お前は本当に有能だな」
「さて! 冗談はここまでにして陣形を決めましょうか!」
なんか冗談で済ませられたぞ。
「いやそうではなくてですね」
「……陣形について提案がある」
複雑な気持ちになっていたところで、まだ若い女性の声が会議室に響いた。
声の主である少女は、盤面から少し離れた位置に立っていた。
大きなつばの帽子をかぶり、長い緑色の髪を三つ編みにしている女の子──魔導師部隊の隊長であるルルーナさんだ。
ルルーナさんは十六歳という年齢でありながら王立魔法学院を首席で卒業した天才魔法使いだ。村人出身の俺なんかとは住む世界が根本的に異なる。
口数が少なく普段は積極的に発言をしないルルーナさんだが、その実力は確かだ。騎士たちは期待を込めた眼差しで彼女を見ていた。
「ありがとうございますルルーナ。どんな陣形でしょうか」
セシリアさんが訊ねると、ルルーナさんはしばらく沈黙したのち、告げた。
「『天剣十字陣』を使う」
その途端、会議室中が歓喜に包まれた。
「天剣十字陣か!」
「そうか! その手があったか!!」
「さすがはルルーナ隊長だ!」
天剣十字陣……初めて聞く陣形だ。
俺が知らないということは、これまで一度も実戦で使ったことがないのだろう。
「さすがルルーナです! この陣形を採用しましょう!!」
セシリアさんが嬉しそうに言う。ルルーナさんは俺の顔を見ながら満足げにうなずいてみせた。
なんだか知らんが嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
「あのー、その天剣十字陣というのは?」
「あ、クリフは知らなかったんでしたね。では私が説明しましょう」
セシリアさんはコホンと咳払いをすると、盤面に置かれた駒を十字型に並べた。
「いいですかクリフ。我々は天剣十字陣という陣形で戦います」
「はい」
「まず、ドラゴンのブレスを防ぐため横一面に大盾兵部隊を並べます」
「なるほど」
「次に、大盾兵の中心から縦一直線に魔導師と弓兵の部隊を並べて、ブレスが絶対に当たらないように隊列を組みます」
「縦一直線に? まあわかりました」
「あなたは大盾兵の前に立ちます。安心してドラゴンと戦ってください」
「フア!? ちょ……」
いやこの陣形あきらかにおかしいでしょ。前衛俺だけじゃねーか!