• 異世界ファンタジー

騎士団を辞めたくなったので~のちょっとした続きの続き

 二日後。

 天剣騎士団は予定通りドラゴンを討伐するため出発してしまった……。

 今は目撃情報を頼りに王都アストリアから南の街道を行軍中だ。
 一帯に広がる草原を吹き抜ける風は心地よく、とても爽やかな気分に……まったくならない。

 ルルーナ隊長が提案した意味不明な陣形で戦うことが決まってしまい、その場の雰囲気のせいでまたしても辞める機会を逃したからだ。

 この作戦、あまりにも理不尽すぎる。実質俺だけで戦うようなものである。

「もう誰も信じられねえ……」

 会議中、心の中ではおかしいと思いつつもあえて反論しなかったのには理由があった。

 それは仲間の兵士たちの存在だ。

 アルドリック隊長がいなくなり自由に意見を言える雰囲気になった今の騎士団ならば、「いくらなんでもこの作戦はおかしいでしょう」という声が必ず上がると確信していた。

 確信していたのだが、隊長はおろか他の兵士たちまで何事も無かったかのように平然と暮らしていた。なんでだよ。

 そのせいで俺だけがおかしいのか、時空が歪みつつあるのか気になってこの二日はほとんど眠れなかった。

「クリフどしたの? 眠たそうな顔してるけど」

 横から声を掛けられて振り向く。亜麻色の髪をポニーテールにまとめていて、パッチリとした目の愛嬌ある顔。同じ隊のロニだ。
 支給品のハーフプレートアーマーに丈の短い青色スカートという恰好は普段どおりだが、今日は重そうな長方形の大盾を背負っている。

 ロニは俺と同期の兵士で、ロバート隊の所属している。田舎の男爵家の娘で、騎士登用試験を受けたが落ちたので兵士になったのだとか。一応は貴族だが、気さくな性格なのでよく会話する間柄だった。

「聞いてくれロニ。今回の作戦、何かおかしいと感じないか」
「え? どこが?」

 なんだこの騎士団。

「いや俺だけがドラゴンに真っ向勝負を挑む編成って、普通に考えておかしいよな? もっと効率的な戦い方があると思うんだ」
「ふーむ」

 俺の考えを説明すると、ロニは険しい表情で顎に手を当てた。深く考え込んでいるらしい。悩む要素あったか?

「まあ、どちらの言い分も筋が通ってるし難しいところだよね」

 いや絶対筋通ってないから。自分で言ってて不思議に思わないのか? そのセリフ。
 というか俺だけ生贄に捧げられる作戦の筋が通ってたらもうなんでもありだよ。アルドリック隊長が通報された意味ないじゃん。

「た、たすけてくれえーー!」

 そんな意味不明な会話をしていると、街道の先から鈴の付いた杖を持った羊飼いらしき男が慌てた様子で走ってきた。

「大丈夫ですか! 我々は天剣騎士団です」

 すぐにセシリアさんとロバート隊長が男に駆け寄った。

「ああっ! あなた方が名高い天剣騎士団ですか! この先の丘にドラゴンが現れて、家畜を襲っているんです!」

 兵士たちがどよめき、緊張が走るのを感じる。

「どうやら報告にあったドラゴンのようですな」
「すぐに向かいましょう。羊飼いさんは王都まで避難してください」
「はい! どうかご武運を!」

 大急ぎで丘へと続く道を進む。するとそこには──翼を生やし全身が真っ黒な鱗に覆われたトカゲのような生物がいた。

 うわあ、なんだこれは……頭までの高さだけでも俺の身長の五倍以上はあるぞ。これがドラゴンか。
 ドラゴンを見たのは初めてだが、他の魔物とは一線を画す存在だとすぐに理解できた。いくらなんでもこんな化け物相手に一対一で戦えとか言ったら神経を疑う。

「戦闘準備! 陣列を組んで!」
「ちょ待てよ!!!」

 セシリアさんの号令とともに、天剣十字陣がてきぱきと組まれ始める。いつもの数倍早い。
 急いで大盾兵の後方に逃げようとするが、隙間なくガードされて入れてもらえなかった……。

「待ってくれ! 俺を入れてくれ!!」
「大丈夫だクリフ! 我々がついているぞ!」
「一人で戦っているだなんて思わないでください!」
「……かえって免疫がつく」

 この暗黒騎士団が。

「クリフを援護するぞ! 弓兵、構え! ──撃て!」

 矢が一斉に放たれ、放物線を描いて飛んでいく……が、弓兵が縦一列に並んでいるため矢の飛び方も直線的なので、横にかわされて一本も当たらなかった。何の意味があるんだ、この陣形。

「くそっ! やるしかないのか!」

 慌てて剣を抜くと、ドラゴンが後ろ足で立ち上がった。それから頭を後ろに引き、突き出すと同時に──口から炎を吐き出した! 荒れ狂う灼熱のブレスが一人だけ前に出ていた俺に直撃する。

「ぎゃああああああ! あちちち!」
「そんな!? クリフーーーーー!!」

 盾の上からロニが顔を出して叫んだ。いやこの状況ならそうなるの当たり前では。

「あっつい! はあああっ!!」

 ブレスを剣で薙ぎ払うと、炎は風に吹かれて完全に消え去った。

「ふう……今のは危なかったぜ」

 支給品の鎧がちょっとだけ黒くなってしまった。
 まともに食らっていたら燃えていたかもしれない。

 この騎士団はもしかして人格的にヤバい連中の集まりなのではなかろうか。天剣十字陣とはいったいなんだったのか。
 疑問ばかりが頭の中を支配している。絶対に辞めてやるという気持ちがさらに深まった。

「ん?」

 不思議なことに、ドラゴンは口をあんぐりと開けたまま動きを止めていた。見方によっては驚いているようにも感じられる。
 よくわからんが今のうちだ。逃げられる前に仕留める──そう思った時だった。

『待て!』
「!? こいつ、脳に直接……!」
 
 どうやら頭の中に響くこの声の主は、今まさに目の前で対峙する竜のものであるらしい。魔法の一種だろうか。

 ドラゴンは広げていた翼をたたんだ。
 争うつもりはないという意思表明に見える。

「ドラゴンの動きが……止まった?」
「何が起こっているんだ」
「クリフも動かないな」

 騎士団もどうしていいのかわからなくなったらしく、攻撃の手を止めてしまった。

『人の子よ、聞け。我が名は暗黒竜……』

 自分で暗黒竜とか名乗るか。普通。

『我が息吹を受けても無傷とは……しかもたった一人で立ち向かうなど行動が異常すぎる。気に入ったぞ。我はお前と話がしたい』

 魔物にまで異常者扱いされたぞ。
 俺だってやりたくてこんなことやってるわけじゃないんだよ。

『家畜を食ってしまったのは悪いと思っている。人間が飼育している牛や羊は、我ら竜族にとっても美味なのだ。衝動を抑えきれずについやってしまった』

 うーむ……まあその心情も理解できるけどな。
 農家の方々も見えないところで日々努力し続けている。おかげでおいしいお肉がいつでも食べられるわけだ。

『このまま我らが戦えば、双方とも無傷とはいかぬだろう。この場は互いに剣を収めようではないか』

 でもお前、剣持てないじゃん。
 それに残念ながら事はそう単純ではない。既に家畜に被害が出ているのだ。人々を守る立場として捨て置くことはできない。

『そう言うと思っていたぞ。そこでだ、我と取引をしようではないか』

 お前、さっき俺を本気で殺そうとしてなかったか。

『まあ聞くがいい。家畜の弁償として、我の持つ宝をいくらか渡そう。それで充分に賄えるはずだ』

 なるほど。竜は財宝を集める習性があると聞いたことがある。売れば本来の利益も含めて補填が可能だろう。

 しかし、果たして団員たちがそれで納得してくれるものだろうか。
 一兵士である俺が、このドラゴンは悪くないと説明したところで誰も同意なんてしないだろう。

『案ずるな、三千年の時を生きる我の知恵をもってすれば造作もない。お前はただ我の言葉を騎士団に伝えればよい。すべて我に任せるがいい』

 伊達に長く生きているわけではないということか。
 暗黒竜なのに優しいな。優しい暗黒竜ってなんか字面おかしいけどな。
 だが、俺としては人々のことを第一に考えたい。内容によっては提案に乗るとしよう。

『決まりだな。では最初にこう言うのだ。俺は暗黒竜と会話した。もう戦う必要はない──と』

 ここは暗黒竜の言う通りにしてみよう。
 俺は剣を鞘に納めて振り返り、騎士団に説明を始めた。

「俺は暗黒竜と会話した。もう戦う必要はない」
「暗黒竜!?」
「えっ! ドラゴンと会話を?」
「バカなッ!? 竜の言葉が理解できるのか!?」
「……人間やめちゃったね」

 おいおいおいちょっと待ってくれよ。またなんかおかしなことに発展しそうな雰囲気がしてきたぞ。
 暗黒竜、もう少し言葉を選んでくれ。

『いいだろう。我にかかればその程度どうとでもなる』

 なかなか頼もしい奴だ。それじゃあ続きを頼む。

『次はこうだ。俺は暗黒竜と従魔の契約を交わした。もう二度と人々を襲うことはない』
「…………」
『おい、どうした』
「…………」
『さっさと続けぬか』

 いや従魔の契約ってなんだよ……。
 それ言ったらどうなると思ってるの? 大騒ぎだよ? 想像するまでもないよ?

『もちろん嘘だ。だが騎士たちを納得させるにはこの言葉が最も適切だ。取り逃がしたのではなく、お前が新たな主となったと知れば人々は安堵し、我もこの国にいる限りはもう退治されずに済む。何もかもが上手くいくのだぞ』

 暗黒竜の話は一見筋が通っているようにも見える……だが俺自身はどうなる?

 暗黒竜と契約した男として、騎士団を辞めた後も一生この重荷を背負うことになるのではなかろうか。そんなの嫌すぎる。

『やれやれ……お前には失望したぞ』

 心の声を読み取ったのか、暗黒竜は心底残念そうに大きな頭を左右に振った。

『お前は人々のことを第一に考えていると言いながら、自らの保身に走りせっかくの機会をふいにしようとしている。そんなことでどうして平和を守ることができようか! お前の覚悟とはその程度のものだったのかッ!』

 なんかすげえ怒られた。
 いやね、そういうわけじゃないよ。そういうわけじゃないんだけどさ。
 なんていうか、俺じゃなくてもよくないか? それ。
 適任者なら他にもたくさんいるしさ。ロバート隊長とか。

『ダメだ。我ら竜族は強い者にしか従わない』

 密かにロバート隊長を生贄に捧げる作戦は失敗した。

「おい! 何がどうなっているんだ!」
「やはり今のうちに倒すべきでは!!」
「ま、待て! 早まるな!」
「みなさん落ち着いてください! クリフを信じましょう!」

 長く沈黙したままだったので、団員たちが不審に思い始めたようだ。このままだと統率が取れなくなってしまう。

『さあどうする。もう時間は残されていないぞ』
「お、俺はっ……お……おれっ」

 全身から汗が噴き出る。
 言えない。言いたくない。これを言ってしまえば俺はもう戻れない。そんな予感がする。

 でももうこれしか円満に解決する方法が思い浮かばない……。

『早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞ!』

「お、俺は……暗黒竜と従魔の契約をした。もう二度と人々を襲うことはない」
「はあっ!?」
「クリフが暗黒竜を従えた!?」
「す、すげええええええ!」
「騎士団にドラゴンが味方するとなればこれ以上の戦力はないな!」
「我が国の最終兵器にもなりえるぞ!」

 騎士団が大騒ぎする中、俺は何も言えずにただ呆然としていた。
 頭の中が真っ白になり、もう何も考えられない。

『どうだ、我の言ったとおりになったではないか。宝は日を改めて城に届けるとしよう。ではさらばだ』

 暗黒竜は大きく羽ばたきながら、はるか彼方へと飛び去っていった。

「クリフーー!!」

 暗黒騎士団の悪魔たちが一斉に俺を取り囲む。

「暗黒竜を手懐けるなんて……すごすぎます!!!!!」

 セシリアさんが目をキラキラさせながら、興奮した様子で俺の両手を握った。隊長たちもご満悦のようだ。

「あれほどのドラゴンを従えるなど、我が国始まって以来の出来事だ! お前は本当にとんでもない奴だな!」
「……やっぱりこの作戦で正解だった」

 それからもしばらく何事かを話しかけられたが、一切耳に入ってこなかった。

「すっごいねクリフ! おかげで誰も怪我しなかったよ! ありがとね!」
「ハ、ハハ……」

 ロニがすぐ隣で嬉しそうな顔をしながら言う。こうして、俺のドラゴン討伐は終わりを迎えた。

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